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その28 『いわき小紀行』(平成28年6月1日市公式Facebook投稿)

登録日:2016年6月1日

「広報いわきには『いわき小紀行』という連載記事がありました」

01_『いわき小紀行 鮫川 その3』の紙面(「広報いわき」昭和62年11月号より) 市の広報紙「広報いわき」では、代々、連載記事を掲載しています。現在は、「いわきの五十年を振り返る」を連載中で、市制施行50周年をきっかけに、市内のいろいろな場所について過去と現在の写真を比較しながら懐かしいエピソードなどを紹介しています。皆さま、毎月楽しくお読みいただいていますでしょうか?

 今回取り上げる『いわき小紀行』は、「鮫川(さめがわ)」編と「山」編の2つのシリーズで、昭和62年9月号から平成4年4月号までの4年8か月間、全55回にわたった連載記事でした。市内の各地域の自然、歴史、文化、人々の暮らしを、情景豊かな川と山の風景とともに紹介した内容は、平成6年にシリーズごとに冊子として発行され、まとまった1冊で読むことができます。

 『いわき小紀行 鮫川』(昭和62年9月号から昭和63年7月号まで11回掲載)では、市の南部を横断して流れる二級河川「鮫川」について、川を取り巻く環境の変化や、流域で暮らす人々の生活の様子を、関係者へのインタビューをまじえて掲載しています。

 田人町石住地区から遠野町根岸地区について書いた「いわき小紀行 鮫川 その1」(昭和62年9月号)は、「鮫川は、東白川郡鮫川村…(中略)…に源を発し、古殿町を経て、いわき市勿来地区で太平洋に注ぐ延長約60キロメートル、流域面積538平方メートルの二級河川です」と始まり、鮫川上流にぴったり寄り添うように走る「御斎所(ごさいしょ)街道」についても紹介しています。
02_鮫川、御斎所街道を御斎所山から見る(昭和49年8月、いわき市撮影):川と街道が谷沿いにぴったり寄り添うように通っています 鮫川沿いに住む人は、かつて山仕事や農業のほか、街道の牛馬車による物資運搬やそれに携わる人々への休憩所の提供などで生計を立てていましたが、道路が舗装改良された明治以降、移動手段が自動車にかわってからは、仕事のあり方も大きく変化しました。
 また、鮫川にはかつてたくさんの種類の魚が豊かに生息、繁殖しており、流域の集落は漁を営んで生計の一部としていました。特にアユの豊漁は有名で、昭和3年から戦時末のころまで運行されていた「鮮魚列車」(勿来海岸で漁獲された鮮魚は、植田駅午後5時発の列車に積まれて深夜に上野駅に到着、築地の朝のセリへ運ばれていました)に、アユの季節は氷詰めにして20~30樽分が積み込まれて発送されていたそうです。
 「いわき小紀行 鮫川 その3」(昭和62年11月号)のインタビュー記事の中で、当時アユ漁に携わっていた田人町の蛭田信雄さん(掲載当時73歳)は、「私も農業そっちのけでアユ釣りをしました。農業や山仕事よりもアユ釣りをしていた方が、お金になるんですから。楽して、お金になって、いわば一石二鳥でしたね」と、若い時分を懐かしそうに振り返っています。

 昭和の初めは、鮫川が大きな転換期を迎えたころでもありました。
 昭和10年代半ば、古殿町南端に鮫川発電所、皿貝(さらがい)地区に柿の沢(かきのさわ)発電所、この2つの水力発電所が建設されると、上流域の水が10数キロメートルにわたって導水トンネルに吸い込まれるようになり、水量が極端に少なくなりました。当然ながら、魚の生態も大きく変化していきます。
 昭和32年からは、いわき市発足にも大きく関係する高柴ダム(これについてくわしくは、「50周年まめちしき その6『広報いわき第1号の表紙の写真は…』を参照)の建設が始まり、ダムを境に鮫川は上下に分断されました。アユのような川を遡上(そじょう)する魚が、下流から上流へのぼる姿はこのころから見られなくなり、ダム上流のアユ漁では人工稚魚の放流が必要となりました。

03_アユ釣り・鮫川の沼部堰下(昭和43年7月、いわき市撮影):アユ釣りはアユが春から初夏にかけて川をのぼる性質を利用しています 川は、いつの時代も私たちの生活とともにあり、鮫川は、いわき市の生活水準の向上と産業の発展に密接に関わっています。市南部の工業が発展するにしたがって、鮫川流域の漁業は衰退していき、昭和20年代に最盛期を迎えたアユ漁も、昭和37年の高柴ダム完成後、漁獲量が大幅に減少していきました。

 このような状況に、関係者は漁場再生の努力を続けました。
 平成時代に入り、環境保護の機運が高まる中、魚道の整備や人工稚魚の種類見直しなどの取組みが盛んになり、平成14年には日本釣振興会の「釣り人が選んだ天然アユがのぼる100名川」のひとつにも選ばれました。平成17年には、関係者が長年の課題としてきたアユ漁の開始時期について、それまでの7月1日から6月中への繰り上げを実現し、鮫川は福島県を流れる河川では早い時期からアユ釣りが楽しめる場所となりました。

 今年の鮫川のアユ漁解禁日は、6月12日。間もなく、川面に立つ釣り人の姿に初夏を感じられるようになります。
 また、本日6月1日から7日までは「水道週間」です。市内の会場では、水道を身近に感じられるイベントを開催していますので、鮫川由来の水をお使いの方も、そうでない方も、川の恵みにも感謝する気持ちでどうぞお出かけください♪

その他の写真

鮫川のアユ放流作業(昭和48年5月、いわき市撮影):放流されるアユの人工稚魚には感染症対策や固有種の保護など工夫が重ねられています

04_鮫川のアユ放流作業(昭和48年5月、いわき市撮影):放流されるアユの人工稚魚には感染症対策や固有種の保護など工夫が重ねられています

アユの簗場・遠野町滝(昭和52年8月、いわき市撮影):「滝観光ヤナ場」としてシーズン中は多くの人でにぎわいました

05_アユの簗場・遠野町滝(昭和52年8月、いわき市撮影):「滝観光ヤナ場」としてシーズン中は多くの人でにぎわいました 

遠野町滝のアユ簗場(昭和55年6月、いわき市撮影):高柴ダム完成後に鮫川渓谷から遠野町滝に移されました

06_遠野町滝のアユ簗場(昭和55年6月、いわき市撮影):高柴ダム完成後に鮫川渓谷から遠野町滝に移されました 

四時川のアユ釣り・四時大橋下(平成5年7月、いわき市撮影):水温が高くなりやすい鮫川水系のアユ釣りは毎年6月中旬ごろに解禁となります

07_四時川のアユ釣り・四時大橋下(平成5年7月、いわき市撮影):水温が高くなりやすい鮫川水系のアユ釣りは毎年6月中旬ごろに解禁となります 

いわき小紀行の冊子:『いわき小紀行』2冊と同じく連載記事『いわきの街道』冊子版は図書館でご覧になれます

08_いわき小紀行の冊子:『いわき小紀行』2冊と同じく連載記事『いわきの街道』冊子版は図書館でご覧になれます 

<参考文献>
おやけこういち(2011)『いわき発・鮫川折々紀行』、p.64-67

<関連情報>
市発足と高柴ダムの関係についてわかる記事、「50周年まめちしき その6『広報いわき第1号の表紙の写真は…』」は、こちら。
http://www.city.iwaki.lg.jp/www/contents/1001000004277/index.html

〔担当〕市制施行50周年記念誌プロジェクト

このページに関するお問い合わせ先

総合政策部 広報広聴課

電話番号: 0246-22-7402 ファクス: 0246-22-7469

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