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その7 『ごみ分別はこうして始まりました』(平成27年8月12日市公式Facebook投稿)

問い合わせ番号:14502-6626-0359 更新日:2015年8月12日

「ごみ分別はこうして始まりました」編

ごみ収集の実態調査(昭和44年8月、いわき市撮影)

 いわき市民の皆さん!日々適切なごみ分別へのご協力をありがとうございます!

 現在、いわき市のごみ分別は10種類です。初め3種類からスタートしたごみ分別は、30年の月日を経て10種類になりました。今回と次回は、いわき市のごみ分別がどのように始まって、どんな経過をたどってきたのかを振り返ってみたいと思います。

 昭和41年の合併から10年が経過したころ、市が処理するごみの量は増え続けていました。分別収集実施前の昭和54年度に市が収集したごみの量は、約83,000トンで、5年前と比較すると42%も増加!

 経済成長や生活水準の向上に伴い、急増、多様化するごみの問題に対して、市は「いわき市ごみ戦争」を宣言し、本格的な対策に乗り出します。昭和52年12月、学識経験者、市議会議員、市職員31人の委員からなる「いわき市ごみ収集処理改善対策協議会」を設置して、市のごみ処理業務の改善に向けて話し合いを始めました。

 分別収集が行われる以前は、週2回の「燃えるごみ」と、月1回(地区によっては2回)の「粗大ごみ」の収集が行われていましたが、分別は完全なものではありませんでした。

 燃えるごみは、北部清掃センターと南部清掃センターの2か所で焼却され、粗大ごみは、市内4か所の埋立処分地で処理されていました。市内約8,000か所のごみ集積所では、各家庭からポリバケツや段ボール箱など、任意の容器に入れられて排出されていたので、収集作業も効率が悪い上、ごみが散乱しやすく交通を妨害したり、不衛生な状態でした。また、中が見えないために危険物で作業員がケガをすることがあったり、燃えるごみに混じった燃えないごみが焼却炉を傷めるなど、さまざまな不具合が発生していました。

 右上の写真は、昭和44年8月に撮影されたごみ収集の様子です。形も大きさも異なるポリバケツや段ボール箱などを収集員が抱えて作業しています。あふれて道路に散らばったごみは拾い集めるほかなく、現在に比べてかなり効率は悪そうですね。

 協議会では、これらの問題を解決すべく、実態調査や先進地の視察、幾多の審議を重ねた結果、「『ごみ問題』は、排出者自己処理責任の原則にたちかえり、市民一人ひとりの良心に追うところが極めて大きく、全市をあげてとりくむべきこと」として、いわき市独自の新しい「ごみ収集処理ルール」を策定しました。

 ルールの中でも象徴的だったのが「規格の袋」の採用です。「透明で70×50センチメートル(30リットル)のポリ袋」を市民が「各自調達」して使用するというルールは、協議会も「未知の選択」と表現するほど思い切ったものでした。

 この規格袋採用の理由は、「(1)雨や風でもごみが散らない、(2)主婦が運ぶのに適当な大きさ、(3)悪臭・汚水が出ず衛生的、(4)中身が見えるのできまりを守れる、(5)収集するのに最適で作業効率がよい」などが挙げられ説明されています。

 (2)の「主婦が」の内容は、現代の感覚と少しずれがある気もしますが、70×50センチメートルサイズは、分別開始以前も使われ市民が慣れていたという経緯があります。それは、昭和51年当時、田畑金光(たばたかねみつ)市長の公約で、ごみ収集が休みとなるお正月やお盆の期間、各家庭でごみを長期保管する対策として、同サイズのごみ袋が毎年20枚ずつ(5月の連休に5枚、お盆に5枚、年末年始に10枚)無料配布され使われていたものでした。このことから、各家庭にも収集作業員にも利用実績のあるこのサイズが採用となったようです。

ごみの分別収集開始(昭和56年4月、いわき市撮影)

 協議会は、昭和53年12月に中間の意見書を市長に提出し、その内容をもとに翌年4月から2か月間、市内6モデル地区で「分別収集テスト」が実施されました。テスト結果を踏まえて「収集処理体制実施計画」が3か月ほど練られ、昭和55年2月8日、市長に最終意見書を提出しました。

 これ以降は、34万市民が一斉に分別に取り組むための準備作業です!市側の体制が整うのにさらに9か月を要し、昭和55年11月から12月までが「啓蒙宣伝期間」、年明けの1月から3月までが「試行期間」となり、完全実施は昭和56年4月からと決定されました。啓蒙宣伝期間の2か月間に全市で行われた説明会の会場は、なんと600か所以上!公民館や集会所のほか、商店や旅館、個人宅なども会場に、きめ細かな説明が行われました。

 その成果もあって、分別スタート後まもなく97%の市民がルール通りに取り組めていたという記録があり、いわき市のごみ分別という困難な大事業は、市民の理解と協力を得て順調に滑り出しました。左の写真は、昭和56年4月に撮影されたものです。収集作業は効率UP、何よりごみ集積所が清潔に生まれ変わりました。

 このようなごみの分別収集は、県内初の取り組みでした。その年の市議会6月定例会で田畑市長は、「当初においては内心非常な不安もあったわけであります。しかし、かくもみごとに、しかも短期間のうちに、この困難な行政が軌道に乗るということは、正直に申して予想もしなかったわけで、私は正直に言って市民の御理解、御協力に感謝の気持でいっぱいであるわけであります」と述べています。

 ごみ分別が開始されてから今年で34年目、市が収集したごみの焼却量は年を追うごとに減少傾向、リサイクル率は年々上昇しています(平成23・24年度は東日本大震災の影響で、一時的に焼却量は増加、リサイクル率は低下しました)。生活が豊かになればごみが増える、それは光と影のような関係ですが、市民と行政が一体となって取り組めば、分別収集も減量化も資源化も確実に進めることができると、昭和56年の記録は誇らしく教えてくれるようです。

 次回(8月26日)は、3種類から始まったごみの分別が、現在の10種類に至るまでの経過をたどってみたいと思います。お楽しみに♪

〔担当〕市制施行50周年記念誌プロジェクト
(ふるさと発信課内) 電話番号:0246-22-7503 

お問い合わせ

総合政策部 ふるさと発信課
電話番号:0246-22-7402
ファクス番号:0246-22-7469

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