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その36 『シンボルマークは、こうして生まれました』(平成29年2月8日 公式Facebook投稿)

問い合わせ番号:14865-1672-3144 更新日:2017年2月8日

「シンボルマークは、こうして生まれました」

 今年度、市の広報物の多くには、市制施行50周年のシンボルマーク(シンボルフレーズ「いわき ステキ 半世紀」が盛り込まれた多色刷りのデザイン)が使われています。一方、赤と青でひらがなの「い」をデザインした、いわき市シンボルマークは、登場回数が少なめ?かもしれませんが、おそらく皆さんに最もなじみ深いのではないかと思います。 
 今回は、そのシンボルマークがどのように誕生したのかを振り返りたいと思います。 

 まず、シンボルマークと市章を混同していませんか?市章は、昭和4210月に、市制1周年を記念して制定された一色刷りのデザインのものです。
※くわしくはこちら50周年まめちしき その12『市章・市歌はこうして決まりました(1)』

 シンボルマークは、平成411月に制定されましたが、そのいきさつについては、さらに昭和末期のころまでさかのぼる必要があります。
 昭和60年代に入り、いわき市は誕生から20周年を迎えようとしていました。市誕生後の20年間は、広域合併がゆえの幾多の難題や、常磐炭鉱の閉山という産業構造の大転換を乗り越えてきた激動の期間でした。人の20歳と同様に、そのころの市は成熟度を増し、次の発展を展望する時期にあったのです。そして、昭和63年は常磐自動車道の開通という新しいチャンスにも恵まれていました。

  今こそ、「いわきの新しいまちづくり」という課題に市民、企業、行政が一体となって取り組み、いわき市のイメージアップとアイデンティティ(いわきらしさ)を確立、魅力発信のための下地をつくろうと、昭和632月、市は、「いわきイメージアップ懇談会」を設置しました。
 
懇談会は、12か月間に会議を15回開いたほか、有識者を招いての講演会や勉強会、市内視察や市民と市出身者を対象にした意識調査などを行って検討を進めました。その結果は、報告書「いわき・いがっぺ」にまとめられ、平成元年4月に市長に提出されました。
 報告の中には、「いわき市内及び市外に向けて、いわきのすばらしさや魅力を視覚的に、しかもわかりやすく表現・発信するために、いわき市のイメージカラーやロゴタイプ、シンボルマーク等の開発やそれらを用いたイメージアップ作戦を推進すべき」との提言があり、これが以後のシンボルマーク策定へとつながっていきます。 

 懇談会の報告を受け、市は、市長を本部長として幹部職員16名で構成する「いわきイメージアップ推進本部」と、若手職員24名で構成する「イメージアップ推進委員会」を設置しました。推進委員会では、若手職員の自主的活動を尊重するかたちで具体的な計画策定が行われ、その結果は「いわきCOSMOS計画」としてまとめられました。

シンボルマーク選考委員会の第2次審査(平成4年5月、いわき市撮影) 平成41月、いよいよシンボルマークの全国公募が始まります。「人・まち・自然が輝く交流ネットワーク都市・いわき」にふさわしい“まちづくりシンボルマーク” として呼びかけると、3月末日の締め切りまでに全国から2,320点(海外からも5点!)という予想を上回る数の作品が寄せられました。当時、市レベルでシンボルマークを導入する例はまだ少なかったことから、注目度も高かったようです。
 平成44月、いわき市シンボルマーク選考委員会を設置、第1次審査を行って150点の作品を選び、5月の第2次審査では、8月の市民アンケート用3点と次点7点の合計10点まで絞りました。
シンボルマーク選考委員会の最終審査(平成4年9月、いわき市撮影) 平成481日から始まった市民アンケート調査は、3点の候補作品から11点を選んで投票するルールで、市役所本庁舎や各支所などに備え付けられた応募用紙やはがきに記入、郵送や持参提出で受け付けました。多くの学校などにもご協力いただいたこの投票、参加された記憶がある方も多いのではないでしょうか?
 アンケートは821日に締め切り、集計の結果、佐賀県(当時)のグラフィックデザイナー永石繁信さんの作品が最も多い票を得て、採用が決まりました。デザイン案は、補作によって色彩などの微調整が行われ、発表を待つばかりとなりました。

 

 

シンボルマーク発表(平成4年11月、いわき市撮影):ついにお披露目!

 平成41110日、市文化センターで新しいシンボルマークはお披露目となりました。岩城市長をはじめとする関係者によって除幕が行われたマークは、いわき市の「い」と、未来に向けて「ひと まち 自然」が輝く姿を、太陽をモチーフにしてデザインされました。躍動的な「い」は、現在から未来へ向かう市の姿をイメージ。同時に人の姿も意味していて、活力と熱意あふれる市民の行動をシンボライズしています。そして、ほとばしるようなエネルギーを感じさせる真っ赤な太陽の「赤」と、無限の可能性を秘め、みずみずしさを感じさせる真っ青な海と空の「青」の2色をバランスよく配置。この赤と青は「いわきレッド」「いわきブルー」とそれぞれ名付けられ、いわき市が活気に満ちた爽やかなまちであることを表現しています(「シンボルマーク・デザインマニュアル」より)。
「シンボルデザイン全国シンポジウムinいわき」のパネルディスカッション(平成4年11月、いわき市撮影) マークの発表に続き、「シンボルデザイン全国シンポジウムinいわき」が行われました。シンボルマークの選考委員でもあった多摩美術大学教授(当時)で環境デザイナーの泉眞也氏が「ビジュアル・アイデンティティとまちづくり――さらなるコミュニケーションの時代へ」と題した基調講演を行った後、イメージアップ懇談会の座長を務めた馬目佳彦氏やデザインの有識者などが加わったパネルディスカッション「まちづくりへの熱い思いと熱い議論」が行われ、新しいマークと共に始まるこれからのいわき市のまちづくりについて展望する内容となりました。(※この記録は、「シンボルデザインの世界へ 『シンボルデザイン全国シンポジウムinいわき』の記録」(平成5(1993)年、いわき市)で読むことができます。)

 制定後のシンボルマークは、市の発行物や表示物に積極的に利用されてきたほか、市民の皆さんや市内企業にも広く活用していただくことで、市の活性化やイメージアップに役立てられて今に至ります。
 ここまで振り返った制定過程を知ることが、また新たな活用につながればうれしいです。今後とも市シンボルマークをどうぞごひいきに!

広報いわき(平成4年2月号)・シンボルマークの募集
~21世紀まであと8年…という書き出しです。「いわきの未来をデザインしよう」と呼びかけられました~
  →詳しく見たい方はこちら(1MB)(jpg イメージ)

01シンボルマークの募集・広報いわき(平成4年2月号)

広報いわき(平成4年8月号)・シンボルマーク市民投票
~当時ご協力くださった方、どれに投票したか覚えていますか?私は…… ~
→詳しく見たい方はこちら(289KB)(jpg イメージ)

シンボルマーク市民投票・広報いわき(平成4年8月号)

広報いわき(平成4年12月号)・シンボルマーク発表
~21世紀に向けた「36万市民の夢」として誕生したマークが大きく刷られました~
→詳しく見たい方はこちら(1MB)(jpg イメージ)

07シンボルマーク発表・広報いわき(平成4年12月号)

シンボルマーク・デザインマニュアル(いわき市撮影)
~「いわきレッド」と「いわきブルー」はインクの配合が決まっています。文字の配置にもルールがありますのでご使用は市にご相談を~

08シンボルマーク・デザインマニュアル(いわき市撮影)

<主な参考文献>
「シンボルデザインの世界へ 『シンボルデザイン全国シンポジウムinいわき』の記録」平成5(1993)年、いわき市
「いわき合衆市」平成8(1996)年、いわき市市長公室企画課
「未来への翼 いわき市市制施行30周年記念誌」平成9(1997)年、いわき市

〔担当〕 市制施行50周年記念誌プロジェクト
      (ふるさと発信課内) TEL 0246-22-7503

お問い合わせ

総合政策部 ふるさと発信課
電話番号:0246-22-7503
ファクス番号:0246-22-7469

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