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『鹿島町船戸』(平成31年1月9日市公式Facebook投稿)

問い合わせ番号:15470-1599-2011 更新日:2019年1月9日

いわきの『今むがし』Vol.110

(左)鹿島街道と鹿島町船戸〔昭和43(1968)年8月、いわき市撮影〕
(右)鹿島町の船戸の2車線時代〔昭和52(1977)年2月、いわき民報社撮影〕

(左) 鹿島街道と鹿島町船戸〔昭和43(1968)年8月、いわき市撮影〕(右)鹿島町の船戸の2車線時代〔昭和52(1977)年2月、いわき民報社撮影〕 以前、「鹿島街道」を紹介しましたが、今回は鹿島街道の中央に位置する鹿島町船戸を紹介しましょう。
 時代は明治時代までさかのぼり、当時の鹿島村の様子から紐解いてみます。
 政府は明治21(1888)年4月、これまでの自然村をいくつか集合させて自治能力のある「村」「町」を創造する法律「市制・町村制」を公布し、わずか1年後の明治22(1889)年に施行しました。
 従来の「村」の概念を拡大させ、従来の慣習に従いながらも自立した行政づくりができるよう、その目安を300戸~500戸を標準とし、この枠組みのなかに従来の村を当てはめることを最優先させました。
 鹿島街道の中ほどにある村々はいずれも小規模で、鹿島村を構成することになる12か村のうち、最大は上蔵持村の33戸、最低は三沢村の4戸で、全部合わせても、231戸と、300戸に足りませんでしたが、これ以上の合併はできませんでした。
 突出した人口の村がなかったことから、村名も容易に決まらず、最終的に12か村の中央に鎮座する鹿島神社にちなんで鹿島村と命名されました。このうち船戸村は11戸(77人)でした。
 以後、鹿島村は中央を南北に九十九折れの鹿島街道、東西に江名街道が通じていたものの、純農村として明治、大正、そして昭和20年代まで“百年1日”のごとく変化がなく、静かなたたずまいをみせていました。
 変化をみせたのは、昭和30年代でした。高度経済成長に伴い工業化が進み自動車が増加。道路整備が求められ、平と小名浜を結ぶ道路の建設が始まりました。最初は容易に道路整備が進まなかったのですが、昭和38(1963)年にいわき地方が「新産業都市」に指定されたことから、平と小名浜を結ぶ道路は重要路線と位置づけられ、急ピッチで整備が進みました。
 こうして、新しい鹿島街道は昭和39(1964)年に全線が開通。昭和41(1966)年には全線が舗装化されました。すると、沿線は、新たな開発地として注目されるようになりました。

鹿島町船戸の鹿島街道(平成30(2018)年12月、いわき市撮影)

鹿島町船戸の鹿島街道(平成30(2018)年12月、いわき市撮影) 高度経済成長によって市街が拡散する気配がみられたため、農業との調和、特に郊外型農業との調和が求められ、郊外におけるスプロール(虫食い状態)を防止する一方で、適正な開発についても検討されました。
 具体的には、市街化区域はすでに市街地を形成している区域および、おおむね10年以内に優先的かつ計画的に市街化を図る区域、一方、市街化調整区域は市街化を抑制すべき区域、に区分され、市街地に近い農村では、どちらかを選ばなければなりませんでした。
 磐城市は、鹿島地区住民と協議し、全地区が「市街化」への編入を望む意向を示して、合併後のいわき市へ引き継ぎました。
 これより早く、磐城市は新しい鹿島街道に沿う船戸に住宅団地造成を計画しました。昭和40(1965)年3月には、県道沿いに市営住宅60戸、県営住宅20戸が完成。次いで、昭和40年から41(1966)年にかけて、市営・県営住宅150戸を建設。さらに、昭和40年4月には、船戸に磐城市学校給食センターをオープンさせました。
 さらに磐城市はこれら住宅に隣接して、丘陵地を切り拓き、分譲住宅(10.5ha)の建設を進めました。合併後の昭和43(1968)年1月から分譲が開始されました。最寄りの岡小名の宅地分譲は1坪3万円以上でしたが、船戸団地は同1万5千円程度と安価であることから人気を呼びました。
 これらの開発は、鹿島街道開発の先駆けとなりました。
 住宅建設は進みましたが、周辺に日用品を買う商店がなかったことから、昭和41年6月、船戸団地前に食料雑貨の日用品を扱う特設販売所が開設されました。
 昭和45(1970)年3月に開かれた市街化区域・市街化調整区域を決める最終的な公聴会では、「鹿島地区では平-小名浜間の断層をなくし、また当地方は新産業都市構想では住宅団地の予定となっており、農家も市街化の編入を望んでいる」、とまとまりました。
 指定の実質的な決定権を持つ県は、全地区の市街化は近い将来にわたっては現実的でない、との見解を示し、市街化に指定したのは鹿島街道沿いで、これ以外の区域は市街化調整区域に指定しました。
 以来、鹿島街道の市街化が本格化していくことになります。
(いわき地域学會 小宅幸一)

その他の写真

船戸団地(昭和42年5月、いわき市撮影)

船戸団地(昭和42年5月、いわき市撮影)

 

鹿島街道、船戸団地を南東側上空から見る(昭和50年頃、いわき市撮影)

鹿島街道、船戸団地を南東側上空から見る(昭和50年頃、いわき市撮影)

 

船戸団地を南西側上空から見る(昭和50年代初め、いわき市撮影)

船戸団地を南西側上空から見る(昭和50年代初め、いわき市撮影)

 

鹿島街道の船戸付近の水害を空から撮影(昭和60年頃、いわき市撮影)

鹿島街道の船戸付近の水害を空から撮影(昭和60年頃、いわき市撮影)

 

鹿島町船戸の台風による道路冠水状況を小名浜方向から見る(昭和63年10月、いわき市撮影)

鹿島町船戸の台風による道路冠水状況を小名浜方向から見る(昭和63年10月、いわき市撮影)

 

鹿島街道と鹿島町久保の磨崖仏(昭和62年4月、高萩純一氏撮影)

鹿島街道と鹿島町久保の磨崖仏(昭和62年4月、高萩純一氏撮影)

 

鹿島町久保の磨崖仏(平成22年11月、いわき市撮影)

鹿島町久保の磨崖仏(平成22年11月、いわき市撮影)

 

 

 

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