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『内郷駅』(平成30年12月12日市公式Facebook投稿)

問い合わせ番号:15445-9036-0053 更新日:2018年12月12日

いわきの『今むがし』Vol.108

(上)綴駅舎〔昭和25(1950)年、常磐炭田史研究会〕
(下)綴駅・駅構内には、いくつもの側線や資材置場、車両検査区などが配置〔昭和30(1955)年頃〕

(上)写真01-1 綴駅舎〔昭和25(1950)年、常磐炭田史研究会〕(下)写真02-1 綴駅・駅構内には、いくつもの側線や資材置場、車両検査区などが配置〔昭和30(1955)年頃〕 綴(現内郷)駅は、明治30(1897)年2月、日本鉄道磐城線(現JR常磐線)の開通と同時に開設されました。
 この駅開設と時を同じくして、内郷の宮や白水に大手の炭鉱会社が開削を進め、駅まで石炭運搬用の専用鉄道を敷設しました。大正時代初期には古河好間炭礦(好間村大字北好間)、磐城炭礦(内郷村大字宮)、入山採炭(内郷村字白水)、三星炭礦(内郷村大字綴)と4つの専用鉄道が綴駅まで通じ、駅には各炭鉱から石炭を満載した貨車が蒸気機関車によって運ばれ、24時間体制で貨車の入れ替えをして関東地方を中心に送炭をしていました。
 駅構内には、何本もの引込線が敷かれ、集められた貨車は“所狭し”の状況で、出発を待つ風景を日常的に見ることができました。貨物発送の中心はもちろん石炭です。昭和8(1933)年には、貨物発送量取り扱い駅で全国1位となりました。昭和26(1951)年には、貨物取り扱い収入で全国2位になりました。駅員の数は最盛期で約200人を数えました。
 この間、駅の充実が図られ、昭和8(1933)年11月には駅の東西を結ぶ跨線橋が完成、昭和10(1935)年4月には新しい駅舎が完成、その後駅規模の拡大に伴って何度も改修が行われました。
 石炭産業の隆盛によって、明治時代中期まで純農村だった内郷村は昭和17(1942)年8月に単独で町制を果たすほど、人口が増えました。昭和29(1954)年7月には単独で市制施行(昭和30年2月に箕輪村大字高野を編入)を果たしました。
 駅ができた当時は、綴村に開設されたことから綴駅でしたが、明治22(1899)年4月には、8か村が合併したこと、さらには各方部から石炭が運ばれた駅となったことにより、「綴」という駅名が実態とそぐわなくなりました。
 このようなことから、昭和31(1956)年12月に内郷駅に改称しました。

 

(左上)内郷駅舎〔平成10(1998)年頃、いわき市撮影〕
(左下)住宅地として区割りされた、かつての内郷駅構内〔平成8(1996)年4月、佐藤豊氏撮影〕
(右上)内郷駅の新駅開始式〔平成27(2015)年3月、いわき市撮影〕
(右下)すっかり宅地化された、旧内郷駅構内〔平成30(2018)年11月、いわき市撮影〕

写真2 昭和20年代後期、石油の輸入が自由化されると、安価な石油が出回るようになり、市場の熱エネルギー使用は次第に石炭から石油へ転換されていきます。
石炭会社は合理化を迫られ、人員整理と坑口の整理を迫られるようになります。内郷地区で長年、石炭採掘をしていた常磐炭礦(昭和19年に磐城炭礦と入山採炭が合併して成立)が、内郷地区から湯本地区への集中稼動によって対応していくようになると、内郷駅における石炭輸送は次第に減少していきます。
 昭和30年代に入ると、中小の炭鉱も相次いで閉山し、やがて駅では貨物取り扱いが廃止されました。
 それでも内郷市は、内郷ヘルスセンターの開設や白水阿弥陀堂のPRなどにより観光都市としての脱皮を図っていきます。昭和38(1963)年には上下7本の準急が停車していました。
しかし、炭鉱地域の人口の減少が継続し、昭和40年代には橋上改札口の廃止が検討。朝夕の通勤・通学時だけ開かれることで解決となりましたが、これも合理化計画の一環により平成5(1993)年6月に廃止となりました。
 その後、昭和62(1987)年4月に国鉄がJR会社へ移行すると、遊休地の活用が積極的に進められます。遊休地となっていた線路が取り払われ、その跡は住宅地として分譲され、駅に近いという利便性により、70戸ほどの住宅が建ちました。
 駅は上下2本だけのごく一般的に見られる形態となりました。平成27(2015)3月には、石炭産業の遺構を連想させる石造りのような壁を配置し、壁と駅舎の間に「小道」のような空間を設けた、新しい駅舎が完成しました。
 側線が取り払われ、旅客駅となって久しい内郷駅。かつての栄光は、もはや画像でしか確認することはではきません。
(いわき地域学會 小宅幸一)

 

その他の写真

綴駅(明治42年1月、郵便絵はがき「入山採炭株式会社営業案内」)

写真03 綴駅(明治42年1月、郵便絵はがき「入山採炭株式会社営業案内」)

 

綴(後の内郷)駅構内の石炭貨車(昭和20年代「いわき今昔写真帖」)

写真04 綴(後の内郷)駅構内の石炭貨車(昭和20年代「いわき今昔写真帖」)

 

夕暮れの綴駅から南望(昭和30年頃、遠藤啓氏撮影)

写真05 夕暮れの綴駅から南望(昭和30年頃、遠藤啓氏撮影)

 

 

内郷駅構内から湯本方面を見る(昭和30年代、遠藤啓氏撮影)

写真06 内郷駅構内から湯本方面を見る(昭和30年代、遠藤啓氏撮影)

 

内郷駅付近と常磐線を湯本方面に向かって走る86蒸気機関車(昭和36年12月、渡辺聖一氏提供)

写真07 内郷駅付近と常磐線を湯本方面に向かって走る86蒸気機関車(昭和36年12月、渡辺聖一氏提供)

 

内郷駅構内配線図(昭和36年11月)

写真08 内郷駅構内配線図(昭和36年11月)

 

内郷駅跨線橋から湯本方向を見る(昭和52年7月、いわき民報社撮影)

写真09 内郷駅跨線橋から湯本方向を見る(昭和52年7月、いわき民報社撮影)

 

内郷駅、内郷ニュータウン建設を高坂小学校から見る(平成8年、いわき市撮影)

写真10 内郷駅、内郷ニュータウン建設を高坂小学校から見る(平成8年、いわき市撮影)

 

常磐線内郷駅を内郷跨線橋から遠望手前新川(平成10年頃、佐藤豊氏提供)

写真11 常磐線内郷駅を内郷跨線橋から遠望手前新川(平成10年頃、佐藤豊氏提供)

 

内郷駅ホームと特急ひたち(平成28年6月、いわき市撮影)

写真12 内郷駅ホームと特急ひたち(平成28年6月、いわき市撮影)

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