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『平駅(現いわき駅)及び平市街東部』(平成29年10月11日市公式Facebook投稿)

問い合わせ番号:15076-1039-3671 更新日:2017年10月11日

いわきの『今むがし』Vol.80

写真1:開通間もないころの平駅および平市街東部〔明治35(1902)年ごろ)〕

20171011-1  いわき地方に政治・経済、石炭産業、文化など、さまざまな分野で大きな影響をもたらした鉄道(現在の常磐線)が平(現いわき)駅まで開通したのは、明治30(1897)年2月のことでした。この「今むがし」の初回にそのことにも触れましたが、ここでは、定点撮影として、多くの写真が撮られた物見ケ岡からの駅構内やその向こう、平市街東部の移り変わりを見ていきましょう。
 おそらく、最初に撮られた写真としてよく見られるのは、「写真1」です。いわき地方にさまざまな文化が本格的に持ち込まれたのは鉄道開通以降のことで、写真機もその一環だったのでしょう。平駅構内の写真も、おそらく開通間もない時期とみることができます。
 平駅は、水戸や原ノ町と同様に蒸気機関車の付け替え駅(給水や石炭を補給する必要)であるため、機関庫や多くの駅員が必要となり、広い構内を持っていました。
 江戸時代まで武家屋敷や内堀であった田町や白銀町は、明治時代以降にはいずれも畑地に転用されていて、広い駅施設を構築するのに買収しやすかったものと考えられます。
 駅周辺にはすでに人家が見えますが、本町通りの先は田園となっていました。遠方に鎌田の集落が見えるだけです。

写真2:平駅および平市街東部(明治時代末期)

20171011-2 「写真2」では、白銀町の充実ぶりが明らかです。駅構内は変化がありませんが、蒸気機関車が見え、活発な駅構内の様子がうかがえます。おそらくは、明治時代末期、あるいは、大正時代初期の写真でしょう。

 

 

 

 

 

写真3:平駅および平市街東部〔大正6(1917)年ごろ〕

20171011-3 「写真3」は、大正6(1917)年10月、磐越東線の全通を記念して発行された記念誌に収められている写真です。全体に白が目立つのは、雪の日に撮られたためです。磐越東線の開通で、駅構内のホームや側線が増え、機関庫の位置も奥へ移動しています。駅構内の拡張に際しては、鉄道院と住民が用地買収費をめぐって争いが起こり、ようやく「土地収用法」の執行で解決に至るほどでした。
 平市街東部は夏井川まで人家が連担(れんたん)する状況を見ることができます。鉄道の遠方北側には、明治40(1907)年に竣工した日本耐火煉瓦平町工場(大正5年に品川白煉瓦第一工場)が見えます。

 

写真4:平駅および平市街東部〔昭和32(1957)年、宇田恒雄氏提供〕

20171011-4 「写真4」は、昭和32(1957)年に撮られた写真です。石炭輸送でにぎわい、また長距離優等列車(特急・急行)の中継地(電化以前のことで、遠距離の優等列車は平坦で走りやすい常磐線を経由して、盛岡、青森、北海道と直結)として、駅構内の活況ぶりをうかがうことができます。平市街東部では、家並みが続いています。鉄道北側(写真左)の工場は、大正9(1920)年に進出した磐城炭礦(昭和19年に常磐炭礦へ)平発電所です。 

 

 

 

写真5:平駅および平市街東部〔昭和45(1970)年、遠藤啓氏撮影〕

20171011-5 「写真5」は、昭和45(1970)年の写真です。昭和38(1963)年10月に電化開通し、以後蒸気機関車は第一線から退いていき、この年には常磐線・磐越東線の無煙化が成りました。写真4のやや右側を撮っており、写真4には見えなかった人道跨線橋の「平安橋」が見えます。昭和28(1953)年に設置されたもので、市民からの公募で名づけられました。

 

 

 

 

写真6:平駅および平市街東部〔昭和52(1977)年2月、松本正平氏撮影・松本正夫氏提供〕

20171011-6 「写真6」は昭和52(1977)年2月の写真です。すでに大きな蒸気機関車の機関庫や転車台が取り払われ、貨物取り扱いも内郷操車場に移って、かつての活況は見えません。平市街東部では家屋の高層化が目立つようになりました。「平駅前土地区画整理事業」が完了する昭和50(1975)年1月に先駆けて、昭和46(1971)年にはイトーヨーカドーいわき平店が進出し、平市街東部の商業に大きなインパクトを与えました。

 

 

 

写真7:いわき駅および平市街東部〔平成15(2003)年4月、いわき未来づくりセンター撮影〕

20171011-7 「写真7」は平成15(2003)年4月の写真です。「いわき駅」(平成6年12月に改称)は旅客駅と限定されたため、貨物駅時代の敷地が不用となったことにより、一部が駐車場に転用されている様子がわかります。写真6には見えなかった駅ビル「ヤンヤン」は昭和48(1973)年7月に開店(平成19年9月、整備事業に伴い閉店)しました。写真からは、一段と平市街東部の高層化が進んだことがわかります。

 

 

 

写真8-1(上):いわき駅および平市街東部〔平成27(2015)年4月、いわき市撮影〕
写真8-2(下):整備中のいわき駅北口広場および平市街東部〔平成27(2015)年4月、いわき市撮影〕

20171011-8 「写真8-1」、「写真8-2」は、平成27(2015)年の写真です。「いわき駅周辺再生拠点整備事業」によって橋上新駅舎改築、南北自由通路、バスターミナルなどが、平成19(2007)年10月に整備され、いわき駅周辺は大きく様相を変えました。また、平成22(2010)年3月には、南駅前広場が完成。駅北口交通広場も平成28(2016)年3月に整備されました。
 駅とともに変化し続けてきた平市街。物見ケ岡の高台は、次の時代でどのような景観を写し出してくれるのでしょうか。
(いわき地域学會 小宅幸一)

 

 

 

 

 

 

 

その他の写真

いわき駅と市街地東部(平成17(2005)年2月、いわき市撮影)

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