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『福島臨海鉄道』(平成27年2月4日市公式Facebook投稿)

問い合わせ番号:14551-8474-1225 更新日:2015年2月4日

【いわきの『今むがし』 Vol.16】

小名浜臨港鉄道の起点「栄町停留所」に停車する気動車〔昭和41年(1966年)2月 高井薫平氏撮影〕

昭和41年の栄町停留所

 小名浜は常磐線ルートから外れていたため、小名浜市街地と最寄りの鉄道駅とを結ぶ鉄道の敷設は重要課題でした。
 明治時代に湯本からは磐城炭鉱軌道、泉からは小名浜馬車鉄道(→東商会軌道部→磐城海岸軌道)がそれぞれ敷設されましたが、昭和時代初期になると、乗合バスが急速に普及し、これら小規模な鉄道は苦境に立たされました。泉駅と小名浜を結ぶ磐城海岸軌道も存亡の危機に立たされましたが、これを救ったのが、小名浜に進出した日本水素工業株式会社(現日本化成株式会社)でした。
 日本水素株式会社は原料と製品を輸送するため、常磐線と直接乗り入れすることが可能な軌道幅の専用鉄道敷設を計画していましたが、小名浜町民の要望もあって、一般の旅客鉄道としての機能も加えることとしました。こうして昭和16年(1941年)11月、日本水素工業株式会社の資本投下のもとに小名浜臨港鉄道(泉駅-小名浜)が開通しました。
 さらに戦争直後の食糧難の時代、鮮魚の輸送のため、昭和28年(1953年)1月、小名浜-江名が延長されました。この時鮮魚輸送のため小名浜駅から小名浜魚市場前まで延びていた引込線を本線に格上げさせて栄町停留所を設けたことにより、ここが起点となり、同時に江名鉄道との中継点ともなったのです。
 しかし、江名鉄道は永崎海岸を通る鉄道敷が高潮で崩れる危険性が出たために、昭和40年(1965年)に運輸当局から運行停止措置が取られてしまうことになります。写真を見ると、気動車の背後に車止めが見えます。これから先、江名方面には行けなくなっていることがわかります。
もっとも、この時点で、鮮魚輸送は鉄道から貨物自動車へ移りつつありました。早晩江名鉄道の運命は決まっており、それが早まったことなのかもしれません。

小名浜臨港鉄道栄町停留所跡の今(臨港道路1号線)〔平成27年(2015年)1月 いわき市撮影〕

現在の小名浜臨港鉄道栄町停留所跡

 栄町停留所が小名浜臨港鉄道の始発駅だったのは、わずかの期間でした。もともと貨物駅としての色彩が強く、小名浜駅にも近かったことから、乗降客が少なく、しかも、昭和30年代後期になると、鮮魚輸送は貨物自動車によって泉駅まで直送されるという形態を取るようになっていました。
 運転中止命令の出ていた江名鉄道は昭和42年(1967年)に正式に廃止となり、まもなく栄町停留所も廃止され、貨客の始発駅は小名浜駅へ移っていきました。
 廃止された江名鉄道の線路敷は、後年道路敷地となり、何の痕跡(こんせき)も残っていませんが、「港トンネル」の片方が当時の「三崎第一トンネル」の跡を整備・拡幅して引き継がれています。また主要地方道小名浜-四倉線の永崎や江名などのトンネルも江名鉄道のトンネルを整備して活用したものです。
 小名浜-栄町間の鉄道敷も、そのまま臨港道路の拡幅部分に転用されて、痕跡は残っていません。
 鮮魚を鉄道貨物に載せた小名浜魚市場も1号埠頭へ移転し、オープンの日を待っています。
 盲腸のような存在であった引込線が、いきなり中継駅・始発駅として生まれ変わった栄町停留所。歴史の嵩(かさ)に埋もれて人々の記憶からも消え、1枚の写真だけが“知らない記憶”を呼び起こしています。

小名浜駅ホームに入線する気動車〔昭和41年(1966年)2月 、高井薫平氏撮影〕

昭和41年の小名浜駅

 小名浜駅は、昭和16年(1941年)11月に、小名浜臨港鉄道の開通と同時に開設されました。
 当時は、駅の裏側がすぐ3,000トン岸壁(現1号埠頭)となっていました。その西側には砂浜が広がり、日本水素工業株式会社の工場のほかには、見渡す限り白砂青松の砂浜が弓なりに剣崎まで続いていました。
 夏ともなると、多くの海水浴客が小名浜駅で降車し、幾両もの客車を連ねた臨時列車が入線する場合は、臨時ホームを設けるようなにぎわいでした。
 こうして、駅前には旅館や商店が並び、小名浜の陸の玄関として存在感を示すようになりました。
 昭和42年(1967年)に江名鉄道が廃止になると、中継駅であった栄町停留所もまもなく廃止となり、代わって小名浜駅が小名浜臨海鉄道の始発駅となりました。
 この頃から、臨海部に工場進出が相次ぎ、小名浜駅や途中の宮下駅からは幾本もの引込線が敷設され、小名浜駅は次第に貨物主体への駅へ変わり、それに応じて運輸形態も変わっていきます。小名浜臨海工業地帯が整備されていく過程で、小名浜臨港鉄道の輸送力増強と公共性が強く求められたのです。これを受けて、福島県は資本参加を決め、昭和42年4月、福島臨海鉄道株式会社に組織替えされました。
 これによって、貨物運賃の引き下げが可能となり、貨物輸送量は飛躍的に増加していきました。その影響を受けたのが旅客輸送でした。貨物輸送優先のダイヤが組まれ、運転本数も減っていきます。幸い乗客は乗合バスへ移っていったので、大きな支障が出ませんでした。
 こうして、昭和47年(1972年)9月、旅客輸送は廃止となり、貨物輸送専用の鉄道に生まれ変わりました。

新装の小名浜駅から出発するコンテナ貨物輸送のディーゼル機関車〔平成27年(2015年)1月 いわき市撮影〕

現在の新装小名浜駅

 旅客輸送廃止後、臨海工業地帯の原材料や製品を運ぶ福島臨海鉄道では、24時間体制のダイヤが組まれていました。
 しかし、貨物自動車の大型化や道路整備が進み、さらには、これに伴う貨物取扱駅の減少により、昭和40年代から50年代までをピークに鉄道貨物は減少の一途をたどっていきます。
 かつては港と鉄道は連結していたのですが、港の荷物は自動車と連結するようになり、埠(ふ)頭に張りめぐらされていた引込線も相次いで外されていきます。
 それでも、福島臨海鉄道は、コンテナ貨車を中心として、いわき市唯一の貨物取扱駅としての役割を担っていきます。
 その一方で、昭和60年代から海洋レクリエーションに対する需要が高まり、関係者以外立ち入りが制限されていた1、2号埠頭を一般市民に開放して親水空間として再開発する計画が持ち上がりました。港自体としても、船舶の大型化が進んだことなどから、1、2号埠頭では一部船舶の入船が困難となり、別機能へ転換する必要性が生じたのです。
 平成9年(1997年)7月に「いわき・ら・ら・ミュウ」が1号埠頭に、平成12年(2000年)7月に「アクアマリンふくしま」が2号埠頭に、それぞれオープンすると、小名浜駅を中心とする貨物ヤードのエリアは、にぎわいづくりを推進するうえで、半ば異質な空間として見られるようになり、貨物ヤード一帯を含めた再開発という考え方が主流になっていきます。
 市が推進する小名浜港背後地の整備計画が具体化していくなか、福島臨海鉄道は、小名浜駅を平成12年(2000年)度に西側に約600メートル移転する計画を立案。平成25年(2013年)11月から移転工事を行い、平成27年(2015年)1月に業務を開始しました。
 こうして、ふたたび始発駅の場所を変えた小名浜駅。自動車輸送との共存を推進するモーダルシフト、環境負荷の軽減、貨物自動車運転者の不足解消、鉄道旅客ダイヤとの調整など、さまざまな課題と期待を担ってのスタートです。

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