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地形と歴史

問い合わせ番号:10010-0000-1423 更新日:2016年1月11日

地形等

市の南部に位置し、南東を勿来地区と北茨城市、西北を鮫川村と古殿町に接している。地勢は一般に急峻で山岳が全体に連なり、起伏が多く、平地は鮫川・荷路夫川・四時川とその支流の流域にあるが、耕地は極めて少ない。春の新緑、秋の紅葉と山菜宝庫の中に「田人おふくろの宿」がある。

歴史

中世は岩城氏の所領(文禄4年の岩城領検地には、黒田村、旅人村、大平村、高松村の石高記載)。
関ヶ原の戦の後、慶長7年(1602年)磐城平藩主に鳥居氏が入封し、当地区(黒田、旅人、大平、貝泊、荷路夫)もその支配下に置かれる。元和8年(1622年)窪田藩の成立で土方氏の所領になるが、貞享元年(1684年)窪田藩除封廃藩により幕府領になり、窪田代官所の支配に入る。
寛保2年(1742年)上黒田、旅人、貝泊が棚倉藩領に、延享3年(1746年)下黒田、荷路夫が泉藩領に、延享4年(1747年)小名浜代官所開設で南大平が支配下に置かれ、それぞれ幕末まで続く。
田人、遠野地区でこんにゃくの栽培が始まったのは、棚倉藩主松平氏の時代(1836年から1866年)といわれ、明治3年には黒田村の蛭田金四郎が荒こん製造の普及と販売を始めた。
明治6年入旅人村・出旅人村が合併し旅人村、明治8年上黒田村・下黒田村が合併し黒田村、明治22年町村制実施に伴い、南大平村・旅人村・黒田村が合併し田人村になり、荷路夫村・貝泊村・石住村と共に四ヶ村組合を組織し、各村の財産の管理を除く他一切の公共事務を取り扱う。

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田人支所
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ファクス番号:0246-69-2337