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『いわき駅ホーム』(令和元年8月28日市公式Facebook投稿)

問い合わせ番号:15682-6226-2726 更新日:2019年8月28日

いわきの『今むがし』Vol.125

写真1-1 物見ケ岡から見る平駅ホーム 〔明治時代末期〕
写真1-2 物見ケ岡から見る雪間の平駅ホーム 〔大正6(1917)年頃〕
写真1-3 物見ケ岡から見る平駅ホーム 〔昭和27(1952)年7月、松本正平氏撮影・松本正夫氏提供〕


写真1 シリーズ第1回「いわき駅」で紹介しましたように、今でいう第三セクターの日本鉄道(株)が水戸-平(現いわき)駅を開通させたのは、明治30(1897)年2月のことでした。福島県から茨城県にかけて産出する石炭は、それまでは最寄りの海岸から船運で東京などの市場に送られていましたが、海難事故の際、その損失が莫大なものになったことから、陸路の鉄道輸送が求められました。
 水戸-平の間は「磐城線」と名づけられ、その後、「常磐線」と改称され、今に至っています。
 駅は通常、駅舎やプラットホーム(以下「ホーム」)、線路などで構成され、駅舎には切符売場や改札口、事務室、待合室などが備えられています。発着駅や鉄道分岐などの要素が増えていくと、いわゆる「島式」と呼ばれる一つのホームだけでは間に合わなくなります。
 初期の平駅における各施設の配置は明らかでありませんが、明治時代末期の写真を見ると、ホームは一つしかないことがわかります。ある時期からホームは貨客を取り扱う2本のホームと平駅発着の貨物を取り扱う貨物専用ホームが配置されました。
 ホームを利用する旅客列車は、常磐線が1、2番線、磐越東線の3、4番線でしたが、運転回数の多い時間帯には、常磐線の列車が3、4番線を利用しなければならない状況の中で、大正6(1917)年に磐越東線が全通すると、ホームはかなり混雑することになりました。
 さらに昭和時代初期には、青森や札幌をつなぐ優等列車が通るようになり、駅弁が登場しました。戦後の混乱期を経て、昭和29(1954)年12月には「生そば・うどん」の売店がホームに開設されました。この頃からレジャーが広く浸透して、長距離の旅客が増え、平駅は中継地としての機能を増大させていきます。
 昭和30(1955)年から始まる高度経済成長期には、産業発展が著しくなり、旅客の増に加えて貨物輸送量が増えていきます。
 平駅もその一つでした。ホームは特急停車、特急列車を優先させる普通列車退避、遠距離貨物列車の荷降ろし、積込みなど、さまざまな機能を担うことになり、昭和30(1950)年代から40(1960)年代にかけて、平駅が扱う列車は約150本に達し、既設のホームでは対応しにくくなりました。
 しかし、平駅は市街地と丘陵地に囲まれ、新たなホームを確保する余地はありませんでした。
これら貨客混雑の解消策とともに考えられたのが、地域全体の荷主が貨物を1か所に集約させて、ここで貨車の組成作業を行い、専用の貨物列車で高速輸送を行って、輸送力増強を図ることでした。
 貨物取り扱いの操車場を平-内郷の中間地点に求め、上り列車を取り扱う内郷貨物駅(後のいわき貨物駅)が開業したのは昭和42(1967)年12月のことでした。昭和47(1972)年からは、下り列車も扱うようになりました。

 

写真2-1 物見ケ岡から見る平駅ホーム 〔昭和50(1975)年頃、おやけこういち氏撮影〕
写真2-2 物見ケ岡から見るいわき駅ホーム 〔平成15(2003)年7月、いわき市撮影〕
写真2-3 物見ケ岡から見るいわき駅ホーム 〔平成27(2015)年4月、いわき市撮影〕

写真2

 昭和42(1967)年12月の内郷貨物駅開業によって、それまで平駅において取り扱っていた貨物の大半を移行させることが可能となると、平駅では貨客分離の駅構内改造を進めていきます。
 駅構内南側の側線の一部を撤去。その後に現在の1・2番線ホームを増設し、昭和43(1968)年7月に供用を開始しました。
 この工事によって、貨物は手荷物や小荷物扱いだけが残り、構内南側に位置する貨物ホームは規模を縮小しました。その後、宅配便の利用増によって不用となり、平駅前都市改造に必要な用地確保のため払い下げられました。
 東北新幹線が開通すると、常磐線経由の長距離列車は相次いで廃止となり、平成5 (1993)年12月のダイヤ改正で、平駅を通る寝台特急「ゆうづる」は定期運転されなくなりました。相前後して、常磐線は中距離用を中心とした輸送に特化していきます。さらに窓の開かない電車が登場。この流れのなかで駅弁や「生そば・うどん」の売店は姿を消していきました。
 明治時代に登場して以来、列車は絶えずスピードを求めるなかで、一時その車体をホームに休めます。その休み時間も短縮化が図られ、ついには秒単位に突入していきます。その過程を見てきた駅ホーム。ホームに降り立つ人は、刻々と変わりゆく社会を意識もせず、昔と変わらずのあわただしさで散っていきます。
□                  □
 駅名が「平」から平成6(1994)年12月に「いわき」と改称されるなかで、駅ホームを高みからみるとき、その向こう、平市街地の移り変わりの方が目に入るでしょう。以前にもこのシリーズで平市街地東部の移り変わりを紹介していますが、視点を変えると地味ながら、もう一つの変化を見ることができます。

(いわき地域学會 小宅幸一)

 

 その他の写真

平(現いわき)駅ホーム(昭和28年11月、玉手利蔵氏撮影)

平(現いわき)駅ホーム(昭和28年11月、玉手利蔵氏撮影)

 

平(現いわき)駅の立ちそば(昭和30年頃、江尻和繁氏提供)

平(現いわき)駅の立ちそば(昭和30年頃、江尻和繁氏提供)

 

貨物ホームと入れ替えの29617を見下ろす(昭和36年12月、米本健一氏撮影)

貨物ホームと入れ替えの29617を見下ろす(昭和36年12月、米本健一氏撮影)

 

平(現いわき)駅ホームの「なし娘」(昭和42年、いわき市撮影)

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朝の平(現いわき)駅ホーム(昭和42年1月、米本健一氏撮影)

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平(現いわき)駅の1・2番線ホーム建設(昭和43年9月、いわき市撮影)

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特急ひたち号運行開始(昭和44年12月、いわき市撮影)

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ホーム1・2番線が完成まもない平(現いわき)駅(昭和45年5月、いわき市撮影)

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平(現いわき)駅ホームの駅弁売り(平成3年8月、いわき民報社撮影)

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寝台特急「ゆうづる」のラストラン・平(現いわき)駅(1)(平成5年9月、いわき民報社撮影)

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寝台特急「ゆうづる」のラストラン・平(現いわき)駅(2)(平成5年9月、いわき民報社撮影)

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駅ホームと電車と売店(平成6年11月、いわき市撮影)

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上野東京ライン開業記念式典・テープカット(平成27年3月、いわき市撮影)

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