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『中之作』(平成31年4月10日市公式Facebook投稿)

問い合わせ番号:15537-3713-0914 更新日:2019年4月10日

いわきの『今むがし』Vol.116

南側高台から見る中之作港〔大正12(1923)年、『ふるさとの想い出』から転載〕

南側高台から見る中之作港〔大正12(1923)年、『ふるさとの想い出』から転載〕 中之作の湊は鶴が羽根を広げたような地形であったため、鶴の間と呼ばれていました。湊の沖には暗礁が点在し、船の航行には難儀しましたが、湊そのものは溺れ谷状で船の出入りが容易でした。
 かつて、中之作の地元では「なかんさく」と呼ばれるのが一般的でした。
 江戸時代には内藤家の一部の年貢米が江戸に積み出されていましたが、重要な湊としては位置づけられていませんでした。しかし、次第にいわき地方で幕府直轄領が増えていくと、磐城平藩の年貢米は領内の中之作湊へ集中し、御陣屋が置かれました。特に、磐城平藩・安藤家の年貢米はほとんど中之作湊の利用となり、二本松藩、三春藩、守山藩などの年貢米が積み出されました。また、地元産の塩に加えて移入品として遠く阿波国(あわのくに・現徳島県)の斎田(さいた)塩が陸揚げされ、中通りと結ぶ「塩の道」の中継地として重要な湊となりました。江名湊と隣接していながら、中之作湊は漁業としての機能よりも交易が盛んだった様子がうかがえます。
 明治30(1897)年2月に日本鐵道磐城線(現常磐線)が開通すると、物流の拠点としての地位を失い、湊のにぎわいは衰えていきました。
 このため、中之作は漁業として活路を見出していったのです。
 長年にわたり土砂が流入していたものの、沿岸漁業が行なわれていたうちには支障がありませんでした。しかし、船舶の大型化、沖合から遠洋への漁業転換が検討されるようになると、港の修築が大きな課題となりました。
 大正時代から昭和時代初期にかけて、築港の主体は町村であり、国県からの補助を得なければ実行できない状況で、漁港を二つ持つ江名町にとって一挙に整備することは財政的にも困難でした。このため、江名港を先行せざるを得ず、中之作港において本格的な整備が行われたのは、昭和時代に入ってからでした。
 中之作港については、まず江名町が単独で昭和5(1930)年から翌年にかけて防波堤の構築および大型船を収容するための港内浚渫(しゅんせつ)事業を施工し、次いで昭和7(1932)年から同10(1935)年にかけて防波堤を、さらに昭和15(1940)年から同21(1946)年にかけて物揚場の整備、岩礁の除去を、それぞれ農林省の補助を得て行いました。
 

南側高台から見る中之作港〔平成31(2019)年3月、いわき市撮影〕

南側高台から見る中之作港〔平成31(2019)年3月、いわき市撮影〕

 戦後、中之作港は昭和23(1948)年7月の「港湾法」の改正によって、江名港の付属的な存在として一括して地方港湾に指定されましたが、カツオ・マグロの廻船誘致(県外他港所属の漁船を誘致すること)に力を入れたこともあって、次第に江名港とは性格を異にする漁港として発展。中之作漁業関係者は独立を求め、繰り返し関係機関に陳情し、昭和37(1962)年7月には、江名港から分離独立して地方港湾に指定されました。
 昭和40(1965)年頃からは沖合・遠洋漁業の基地として冷蔵施設の整備などの受け皿整備に力を注ぎ、積極的に廻船運動を行いました。
この結果、カツオなどの水揚基地として北海道、三重県、高知県などが中之作港に入ってくるようになりました。
 その後も、大型漁船の入港に対応できるよう泊地の築造や防波堤の整備が進み、他港船を中心とする東日本有数のカツオ水揚基地となっていましたが、漁業全体の不振もあって水揚量は微減傾向にありました。
 このようななか、平成23(2011)年3月に発生した東日本大震災に起因する津波により、江名をはじめ海岸部は大きな津波被害に襲われました。
 それでなくても、漁業がかつての輝きを失っていただけに、大きな衝撃でした。
このような中にあって、住民は復旧・復興に向け、立ちあがります。中之作魚市場では平成23年から、「朝市」を開始して、にぎわいづくりに努めています。
 また、軒を連ねる古民家のうち、解体が予定された1軒の古民家をNPO法人「中之作プロジェクト」が譲り受け、平成26(2014)年に修復して、「清航館」としてよみがえらせました。懐かしさと活性化を生み出す、この拠点では、さまざまなイベントや会合を通じて、地域住民と来訪者が交流する光景が見られます。
(いわき地域学會 小宅幸一)

 

その他の写真

南側高台から見る中之作港〔昭和20年代半ば、郵便絵はがき 江名漁業協同組合発行〕

南側高台から見る中之作港〔昭和20年代半ば、郵便絵はがき 江名漁業協同組合発行〕

 

南側高台から見る中之作港(1)〔昭和29(1954)年、江名公民館提供〕

南側高台から見る中之作港(1)〔昭和29(1954)年、江名公民館提供〕

 

南側高台から見る中之作港(2)〔昭和29(1954)年12月、江名公民館提供〕

南側高台から見る中之作港(2)〔昭和29(1954)年12月、江名公民館提供〕

 

南側高台から見る中之作港(1)〔昭和30年代、比佐不二夫氏提供〕

南側高台から見る中之作港(1)〔昭和30年代、比佐不二夫氏提供〕

 

南側高台から見る中之作港〔昭和30年代、郵便絵はがき 磐城市観光協会〕

南側高台から見る中之作港〔昭和30年代、郵便絵はがき 磐城市観光協会〕

 

南側高台から見る中之作港に押し寄せる大津波〔平成23(2011)年3月11日午後4時2分、松本茂氏提供〕

南側高台から見る中之作港に押し寄せる大津波〔平成23(2011)年3月11日午後4時2分、松本茂氏提供〕

 

南側高台から見る中之作港に押し寄せる大津波〔平成23(2011)年3月11日午後4時3分、松本茂氏提供〕

南側高台から見る中之作港に押し寄せる大津波〔平成23(2011)年3月11日午後4時3分、松本茂氏提供〕

 

南側高台から見る中之作港に押し寄せる大津波〔平成23(2011)年3月11日午後4時5分、松本茂氏提供〕

南側高台から見る中之作港に押し寄せる大津波〔平成23(2011)年3月11日午後4時5分、松本茂氏提供〕

 

中之作港・水揚げされたカツオ(平成7年5月、いわき市撮影)

中之作港・水揚げされたカツオ(平成7年5月、いわき市撮影)

 

中之作港・うつくしまみずウォーク(平成10年11月、いわき市撮影)

中之作港・うつくしまみずウォーク(平成10年11月、いわき市撮影)

 

中之作港前を走るサイクリング車(平成19年7月、いわき未来づくりセンター撮影)

中之作港前を走るサイクリング車(平成19年7月、いわき未来づくりセンター撮影)

 

中之作の家並みとつるし雛(平成20年2月、いわき市撮影)

中之作の家並みとつるし雛(平成20年2月、いわき市撮影)

 

中之作(平成21年11月、いわきジャーナル撮影)

中之作(平成21年11月、いわきジャーナル撮影)

 

中之作港と集落を背後の高台から見る(平成24年6月、小磯國雄氏撮影)

中之作港と集落を背後の高台から見る(平成24年6月、小磯國雄氏撮影)

 

中之作つるし雛飾りまつり・清航館(平成27年2月、いわき市撮影)

中之作つるし雛飾りまつり・清航館(平成27年2月、いわき市撮影)

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