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『江名』(平成31年3月27日市公式Facebook投稿)

問い合わせ番号:15534-8985-0213 更新日:2019年3月27日

いわきの『今むがし』Vol.115

北側高台から見る江名港〔明治時代末期、江名公民館提供〕

1 明治時代以降、日本の漁業は人口の増加、産業の発達に促され、肥料用、食糧用と用途が広がり、漁業技術や漁船の大型化がこれを後押ししました。
 江名では、南東に開いた細長い入り江に面し、小漁船が集中する船溜まりがありました。カツオ、イワシを主として、多くの魚種が水揚げされ、漁業基地として栄えたものの、丘陵地が海近くまで迫っていて、その間の狭い空間を利用して家並みが密集していました。
 『江名漁業史』によると、明治8(1875)年には江名村で115隻の漁船があり、中之作村の61隻と比べはるかに規模が大きかったことがうかがえます。
 漁港としての江名の発展は、明治42~44(1909~1911)年にかけ行われた、本格的な修築に向けた実地調査に始まります。大正4(1915)年には、町議会の議決を経て工事費の補助を福島県に申請。福島県や石城郡などの補助を得て、大正10(1921)年に護岸や埋め立てなどの大幅な修築工事の起工を果たし、昭和3(1928)年に竣工しました。
 こうしたなか、大正13(1924)年には江名港で福島県最初の機船底曳網漁船が導入されるなど、漁業の近代化に積極的に対応しました。
 漁業施設の整備と関係者の努力により、遠洋漁業への足がかりが確立され、漁獲量は飛躍的に増えました。昭和10(1935)年前後から母船式サケ・マス漁業の独航船として出漁、これが後の北洋サケ・マス漁業の発展につながっていきました。
 昭和11(1936)年には江名住民の念願の県支弁港に指定され、昭和16(1941)年にかけて防波堤を構築。昭和15(1940)年7月には地方港湾に指定されました。
さらに「港湾法」の改正下で昭和23(1948)年7月には再度、地方港湾に指定され、防波堤や船揚場、冷凍冷蔵施設など、漁船の大型化に対応した施設整備が行われました。
 昭和20年代からは大型船を使った遠洋漁業が盛んになり、北洋サケ・マス漁業基地の一つとして確固たる地位を築いていきました。
 毎年5月、小名浜、中之作、江名、四倉の各港から北洋へ向けサケ・マスを求めて出漁する光景は、いわき地方の浜にとって風物詩となっていました。
 出航日には、漁場や組織によって色分けされた船体が、色鮮やかな大漁旗(たいりょうばた)を所狭しとはためかせて、漁港の岸壁に沿って勢ぞろい。岸側には、乗組員の家族や親戚縁者、加工業者、友人、知人はもちろん、地元小学校の鼓笛隊や中学校のブラスバンド、小旗を持った児童が繰り出し、見送りました。 

(左上)北側高台から見る江名港〔平成19(2007)年5月、いわき未来づくりセンター撮影〕
(右上)北側高台から見る江名港-大震災で魚市場などを撤去中-〔平成25(2013)年3月、いわき民報社撮影〕
(左下)北側高台から見る江名港-魚市場跡で復興イベントを開催-〔平成30(2018)年9月、いわき明星大学震災アーカイブ室撮影〕
(右下)北側高台から見る江名港〔平成31(2019)年3月、いわき市撮影〕

2 昭和51(1976)年暮、世界各国が200海里(かいり)漁業専管水域を設定するという「200海里時代」へ突入して以降、次第に漁船は北洋から締め出されて北洋漁業は衰退の一途をたどりました。
 “北洋減船”が続くと、同漁業の衰退は江名漁業協同組合の魚市場経営(昭和23年頃に開設)を直撃。底引き網漁に転換しましたが、思うように立て直しが利かず、昭和時代末期には江名地方卸売市場からの撤退を検討。平成元(1989)年8月には、「江名地方卸売市場」の魚市場業務から全面的に撤退しました。
 その後、「(株)江名魚市場」が江名漁業協同組合の卸売業務を引き継ぎ、魚を“買う時代”という新しい漁業に対応するため、冷蔵施設を充実させて水産物加工部門の強化、また沿岸漁業へシフトしました。
 併せて、平成3(1991)年からは江名魚市場において「うまい魚の朝市」を開催しました。しかし、水揚げを行っていた沼之内港の水揚げが撤退することになり、江名港だけのウニ、アワビ漁を主体とする沿岸漁業だけでは成り立たず、平成19(2007)年7月に廃止となり、朝市も行われなくなりました。
 平成23(2011)年3月に発生した東日本大震災に起因する津波により、江名をはじめ海岸部は大きな津波被害に襲われました。
 漁業不振と東日本大震災という大きな社会・自然のうねりで、江名は地域的な危機に陥りました。このようななかで、地域住民は結束を図るため、さまざまな試みをしていきますが、もっとも地域住民に共感を得たのは、諏訪神社の獅子舞でした。
 江名の獅子舞は江戸時代には8月の例祭ですでに行われていましたが、昭和10(1935)年頃には継承が難しくなったことから、平下高久の八剣(やつるぎ)神社で行われていた三匹獅子の奉納に依っていました。東日本大震災によって江名地区における継続も大きな危機を迎えました。
 江名地区では“今こそ、ふるさとの祭りが必要”と、獅子舞を復活させるため、平成25(2013)年4月に「江名諏訪神社文化伝統保存会」を結成。以後、毎年8月の例祭には地元の子どもたちが舞手に応じ、これを大人が見守るカタチで、地域の盛り上げを図っています。
(いわき地域学會 小宅幸一) 

その他の写真

江名漁港を南側から見る(昭和29年、江名公民館所蔵)

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江名漁港(昭和30年代 比佐不二夫氏提供)

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江名港全景(昭和30年代、郵便絵はがき、磐城市観光協会)

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江名漁港・北洋サケマス漁業船団の出漁(昭和57年5月、いわき市撮影)

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江名港サケマス漁船出航(昭和58年6月、いわき市撮影)

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江名漁港とカモメ(昭和62年11月、高萩純一氏撮影)

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江名漁業協同組合建物および周辺を東方に向かって見る(平成23年3月29日、鍛治邦雄氏撮影)

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江名港付近を南方に向って見る(平成23年4月1日、丹野稔氏撮影)

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江名港の岸壁復旧工事の仕上げを南方に向かって見る(平成27年9月、いわき市撮影)

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江名港全景を南東に向かって高台から見る・海あるき町あるき江名の町再発見(平成27年9月、いわき市撮影)

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江名諏訪神社夏季例大祭での三匹獅子舞-江名港にて-(1)(平成30年8月、いわき市撮影)

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写真14 江名諏訪神社夏季例大祭での三匹獅子舞-江名港にて-(2)(平成30年8月、いわき市撮影)

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