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『末続駅』(平成30年12月26日市公式Facebook投稿)

問い合わせ番号:15457-2106-1455 更新日:2018年12月26日

いわきの『今むがし』Vol.109

末続駅舎待合室にも飾られている「新設末続駅ホーム工事」 〔昭和22(1947)年頃、鯨岡利子氏提供〕

末続駅舎待合室にも飾られている「新設末続駅ホーム工事」 〔昭和22(1947)年頃、鯨岡利子氏提供〕 常磐線の小高-久ノ浜は明治31(1898)年に開通しましたが、広野と久ノ浜の間は8.4kmと長かったことから、昭和10年代後半に戦時色が濃くなると、緊急時に備えた信号所の必要性が生じ、中間の末続に信号所(ホーム付き)が開設されました。昭和19(1944)年のことでした。
 信号所を駅に昇格させたいという願いは、信号所が出来ると盛り上がりましたが、戦時中であったことから実現しませんでした。
 昭和20(1945)年8月に戦争が終わると、末続信号所の必要性がなくなったため、廃止される運命にありました。周辺には約100戸しか人家がありませんでしたが、小学校分校はあったものの、それ以上の通学では歩いて久之浜まで行かなければなりませんでした。地元民は戦後復興に向けて駅の必要性を切望し、駅開設を要望しました。
 昭和20年の暮以降の戦後混乱が色濃く残る時代、物資が不足し、食べ物にも事欠く日々、切符も容易に入手できない状況のなか、町長や区長らは費用を捻出して、鉄道省や仙台鉄道管理局まで泊まりがけの陳情を繰り返しました。ときには、マツタケや干し柿をリュックに詰めて土産に持っていきました。
 ようやく、駅への昇格が昭和21(1946)年10月に認められたものの、現実には到底十分な収益など見込めることのできない駅。開設条件は一般資材費用負担は国鉄、労力は地元民という厳しいものでした。
 昭和22(1947)年2月の着工以来、駅建設には区長が先頭に立って、地元民への割当で、延べ3,000人を超える労力を調達しました。労賃は共有地の山林から木を伐採して得た売り上げ代金からのわずかなものでしたが、地区民は積極的に駅造りに参加しました。また、共有林から伐採した木々は鉄道当局に提供され駅舎造りに活用されました。さらに、久之浜町は国道に通じる道路も開設しました。
 こうして末続駅は、昭和22(1947)年6月に開業を迎えました。

現在の末続駅 〔平成30(2018)年10月 いわき市撮影〕

現在の末続駅 〔平成30(2018)年10月 いわき市撮影〕 国鉄は、昭和50(1975)年10月を目標に、経営合理化の一環として、CTC(列車集中制御装置)を採用、末続駅を含む9駅の合理化を発表しました。当時、末続駅の1日平均の乗客数は100人で、収入は仙台鉄道管理局では96駅中93位という状況でした。しかし、当時一般客は少ないものの、電車通学をしている子ども数十人がいることから反対運動が起こりました。地元民と鉄道当局の協議の結果、民間委託出札を条件に無人化を受け入れ、昭和52(1977)年3月から実施されました。
 昭和52年8月からの出札民間委託を経て、地元の要望で乗車券委託販売所が駅舎内に開かれるようになったのは、昭和52年12月でした。窓口業務には、委託を受けた地元の人が携わるようになりました。
 昭和48(1973)年、久之浜小学校末続分校が廃校になってからは、地元の小学校低学年生は隣駅の久ノ浜駅まで市内では珍しい電車通学をしています。
昭和54(1979)年4月には、「末続子どもを守る会」が駅の待合所に児童図書館「末続文庫」を設置。待ち時間を利用して子どもたちは読書だけでなく、地元の窓口業務をしている人との交流を通して礼儀とマナーを学びました。
 しかし、一般客も通学生も減少の一途をたどり、ついに平成5(1993)年11月に当時としては常磐線唯一の無人駅となりました。同時に末続文庫の開館時間が制限されたことから、末続集会所に本などが移されて閉館しました。
 現在、職員事務室は閉じられていますが、待合室には、建設当時の様子を撮影した写真が飾られ、先人の苦労がうかがえます。
 駅が高台にあるため、ホームからは海が見え、耳を澄ますと潮騒が聞こえます。このロケーションの良さからか、平成8(1996)年には映画「釣りバカ日誌8」の冒頭シーンに使われました。
また、上りホーム沿いには、富岡町の夜ノ森駅から株分けされたツツジ、さらには地元民が植えたアジサイやアサガオなど四季折々の鮮やかさを見ることができます。
 平成19(2007)年5月には、末続駅周辺の美化活動に取り組んでいる「末続道路愛護会」がライオンズクラブ国際協会332-D地区から環境保全善行賞を受けました。
 トンネルに挟まれてひっそりとたたずむ末続駅。利用者は減少していますが、自分たちが陳情してできた駅だからこそ、住民の思いは強いものがあります。
(いわき地域学會 小宅幸一)

その他の写真

末続駅建設とホーム・末続駅(昭和22年、鯨岡利子氏所蔵)

03 末続駅建設とホーム・末続駅(昭和22年、鯨岡利子氏所蔵)

 末続駅建設に携わった人々・末続駅(昭和22年、鯨岡利子氏所蔵)

末続駅建設に携わった人々・末続駅(昭和22年、鯨岡利子氏所蔵)

末続信号所から駅への昇格運動関係の綴り(昭和19~22年当時) (平成10年4月、いわき市撮影)

末続信号所から駅への昇格運動関係の綴り(昭和19~22年当時) (平成10年4月、いわき市撮影)

末続駅に入る下り客車C6245(昭和40年5月、米本健一氏撮影)

末続駅に入る下り客車C6245(昭和40年5月、米本健一氏撮影)

末続駅を通過する下り急行C6239(昭和40年5年、米本健一氏撮影)

末続駅を通過する下り急行C6239(昭和40年5年、米本健一氏撮影)

末続駅無人化反対の看板(昭和51年12月、いわき市撮影)

末続駅無人化反対の看板(昭和51年12月、いわき市撮影)

末続駅の改札口とこどもたち(昭和52年3月、いわき市撮影)

末続駅の改札口とこどもたち(昭和52年3月、いわき市撮影)

末続駅切符販売(昭和52年7月、いわき市撮影)

末続駅切符販売(昭和52年7月、いわき市撮影)

末続駅の民間委託出札・10か月ぶり駅員配置(昭和52年8月、いわき民報社撮影)

末続駅の民間委託出札・10か月ぶり駅員配置(昭和52年8月、いわき民報社撮影)

末続駅から海側を見る(平成10年4月、いわき市撮影)

末続駅から海側を見る(平成10年4月、いわき市撮影)

末続駅から電車で久之浜一小まで通学する小学生(平成11年11月、いわき市撮影)

末続駅から電車で久之浜一小まで通学する小学生(平成11年11月、いわき市撮影)

末続駅に到着した電車と花壇(平成22年3月、いわき市撮影)

末続駅に到着した電車と花壇(平成22年3月、いわき市撮影)

末続駅の歴史を綴った掲示板(平成28年5月、いわきジャーナル撮影)

末続駅の歴史を綴った掲示板(平成28年5月、いわきジャーナル撮影) 

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