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『いわきニュータウン(3)(主要施設)』(平成30年4月25日市公式Facebook投稿)

問い合わせ番号:15244-6227-3979 更新日:2018年4月25日

いわきの『今むがし』Vol.93

いわきニュータウン予定地を北側から見る(昭和50年代、いわき市撮影)

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 いわきニュータウン構想のなかには、高等教育施設(大学)、高等学校、中学校、小学校、公園・緑地、タウンセンター、集合住宅などが位置づけされました。
 当初、もっとも位置づけが難しかったのはタウンセンターでした。まだニュータウンの計画が具体化する以前の昭和38 (1963)年1月1日付の『福島民報』には、“石城ニュータウン”について、関係者による新都市建設計画が座談会形式で語られています。
 5市合併を視野に、既成市街地とは異なる、後にいわきニュータウンと一部重なる位置を想定し、“初夢”として、新庁舎をこのなかに位置づけていることで、ブラジルの新しい首都・ブラジリアになぞらえて、新しい市庁舎を想定しています。
 また、4年制大学の誘致運動は、昭和32(1957)年、石城地方市町村議会議長会が誘致を決議したことに始まります。この運動はその後も継続され、昭和41 (1966)年10月にいわき市が発足した後の昭和46(1971)年10月、「いわき市大学誘致期成同盟会」が結成され、次いで、同年12月には市議会において4年制大学(理科系を想定)の誘致促進が決議されると、その誘致場所としていわきニュータウンへの位置づけがクローズアップされていきました。背景には、若者が進学・就職のために市外へ流出したこと、市が県内最大の工業都市であったこと、4年制の大学がなかったこと、などがありました。
 いわきニュータウンの起工に前後して、昭和53(1978)年には「市議会大学誘致特別委員会」が設けられ、次いで昭和55(1980)年にはいわきニュータウン内に大学用地約34haを取得し、受け入れ態勢が決まりました。
 市暮らしの伝承郷の位置づけも難しいものでした。昭和50年代初め、市立博物館建設構想が具体化するにつれて、建設場所として、いわきニュータウン内が想定されていきます。博物館の領域としては「自然史(地質、生物)」、「考古」、「歴史」、「民俗」、「炭鉱」、「海洋」の6つに分けられました。昭和54(1979)年に実施した市民アンケートでは「総合博物館」、「部門別博物館」が半々で希望していたなか、常磐地区に湯本温泉の観点から「石炭」と「化石」を併設した施設が建設されることが決まり、総合博物館構想は揺らいでいきます。

いわきニュータウンを北側から見る-写真中央にいわき明星大学、市中央台市民サービスセンターなどが見える-〔平成26(2014)年12月、いわき市撮影〕

 2昭和41 (1966)年10月にいわき市が誕生した際、新たに建設する市庁舎については、容易に決まらず、県が提示した「新庁舎の建設は合併後に適切な時期に」という斡旋案を受け入れ、先送りされました。
 しかし、暫定の新庁舎となった旧平商業高校の校舎は昭和20年代、物資が不足するなか建設されたもので老朽化が著しく、新市庁舎の建設は急務の課題とされました。
 昭和45 (1970)年に新市庁舎が平へ建設される方針が示されたため、いわきニュータウン構想で行政センターに位置づけされた機能は、ニュータウンのエリアのみを管轄する施設へ変容し、平成6(1994)年4月に市の窓口機能を備えた「市中央台市民サービスセンター」(平成16年に中央台公民館併設)が開所しました。
 小・中・高校の整備も進み、平成5(1993)年に、全国初の全日制・単位制高校として「県立いわき光洋高校」が開校しました。
 敷地を確保して受け入れ態勢を整えた市は大学の誘致を進め、この結果、東京都に本校を持つ「明星学苑」の進出が決まり、昭和62(1987)年4月に「いわき明星大学」として開校しました。
いわきニュータウンに位置づけされていた総合博物館構想はその後、ふくしま海洋科学館や勿来関文学歴史館、草野心平記念文学館など、分野ごとの施設建設計画が明らかにされていくと、あいまいな位置づけとなっていきます。
 転機は昭和61 (1986)年に訪れました。江戸時代後期から明治時代初期に建てられた茅葺き家屋の民家(市指定文化財)が2軒寄贈されたのです。市はこれを復元するための場所として、いわきニュータウン内への位置づけを決めていきます。このことは、言い換えれば、当初のニュータウンにおける総合博物館構想が、民家園(旧芳賀家・田人、旧樋口家・遠野、旧川口家・内郷、旧猪狩家・好間、旧高木家・常磐の5軒)建設によって「民俗」に特化した機能へ変容したことを示すものでした。約5.8haの敷地に江戸時代末期の農村を再現した「市暮らしの伝承郷」が開館したのは、平成11(1999)年7月のことでした。
(いわき地域学會 小宅幸一)

その他の写真

マルト屋上から見た明星大学造成地(昭和60年12月、いわき市撮影)

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いわき明星大学を山上から俯瞰(昭和62年4月、いわき市撮影)

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 空撮・いわき明星大学、吉野谷鉱泉を東側から見る(平成5年1月、いわき市撮影)

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 中央台市民サービスセンターのオープン(平成6年8月、いわき市撮影)

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暮らしの伝承郷の茅葺き屋根上棟式(平成9年11月、いわき市撮影)

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市暮らしの伝承郷開園(平成11年7月、いわき市撮影)

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暮らしの伝承郷・稲刈り(平成11年9月、いわき市撮影)

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いわき市立中央台公民館落成式(平成16年3月、いわき市撮影)

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市暮らしの伝承郷の囲炉裏(平成24年11月、いわき市撮影)

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暮らしの伝承郷のじゃんがら念仏踊り(平成27年8月、いわき市撮影)

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