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『東田町』(平成30年1月10日市公式Facebook投稿)

問い合わせ番号:15155-6362-8165 更新日:2018年1月10日

いわきの『今むがし』Vol.86

(上)金山町に通じる新しい国道6号路上から東田、佐糠を見る〔昭和28(1953))年、長谷川達雄氏撮影〕
(下)金山町に通じる新しい国道6号路上から東田を見る。写真手前が出羽神社の鳥居〔昭和28(1953))年、長谷川達雄氏撮影〕

20180110-1 東田町(あづまだまち)は植田市街の東方、二級河川・渋川の対岸に位置しています。町の名称は明治3(1870)年10月、東坂(あづまざか)村と塩田(しおだ)村が合併した際、「東」と「田」の一字ずつを採って、誕生したものです。
 地域は長い間、南側が低地の水田、北側が丘陵地で構成された純農村で、古代の条里制跡が残る、見渡す限りの田園地帯が広がっていました。水田を潤したのは、遠く鮫川から引水する鮫川堰(昭和14年に竣工。建設に尽力した古川伝一氏の功績を称え、昭和34年10月に低地と丘陵地の境に設置された鮫川堰のたもとに胸像が建設)や渋川から引水する関場堰でした。                   
 植田町との境を流れる渋川は蛇行し、氾濫を繰り返していましたが、昭和7(1932)年から断続的に河川改修が施工され、直線化し、美田が広がる地域となりました。
 東田が住宅化のきっかけとなったのは、昭和26(1951)年に一級国道6号線(現主要地方道いわき上三坂小野線)が東田と佐糠の間、当時通称地名であった金山の坂を上るルートが新設(昭和30年に舗装)されたことによるものでした。この道路沿いに、たちまち無秩序に植田市街が延びました。さらに、昭和41(1966)年に植田小学校が植田駅前から東田町の丘陵地に移転したため、植田市街からの通学路となり、道路整備と渋川に架かる東田橋が昭和49(1974)年1月に完成すると、植田町に近接していることもあって、この道路を中心に宅地化が進みました。
 さらに、昭和40年代から50年代にかけて、東田町の東方に国道6号常磐バイパスとの取り付け道路が建設され、この周辺においても市街化の兆(きざ)しがみられるようになりました。
 この状況を放置した場合、無秩序な市街地拡大につながることが懸念されることから、市施行により「植田東部土地区画整理事業」(施行期間=昭和55年~平成6年)が計画されました。区域は、渋川を挟んで植田町と接する東田町と佐糠町にまたがる低地の大半を範囲とし、施行面積82.4haに及ぶものでした。
 事業は昭和55(1980)年4月に都市計画決定され、昭和56(1981)年3月に事業認可を受けました。

(上)主要地方道いわき上三坂小野線沿いに東田町(右)、佐糠町(左)を見る〔平成29(2017)年11月、いわき市撮影〕
(下)主要地方道いわき上三坂小野線から東田町の市街を見る。写真手前が出羽神社の鳥居〔平成29(2017)年11月、いわき市撮影〕

20180110-2 東田町の街の特徴としては、土地区画整理事業に着手する以前に官庁が植田市街から東田町に一早く移転したことでした。
 植田東部土地区画整理事業を先導するように、昭和56(1981)年に福島県勿来土木事務所、昭和58(1983)年に勿来公共職業安定所、平成2年(1990)3月には福島地方法務局勿来出張所(平成14年8月に廃止、現在敷地が双葉町役場に転用)が、それぞれ旧植田市街内から東田町に移転し、街発展の起爆剤となりました。
 この植田東部土地区画整理事業は平成7(1995)年2月に換地処分が行われて、完了しました。この事業に併せて、区域の中央に通じる幹線道路・都市計画道路勿来-岩間線の植田工区(主に東田区域で、常磐線の跨線橋を含む)が、県事業で施工され、平成8(1996)年4月に完成しました。この交差部分を中心に駐車スペースを広く確保した商業施設が進出、疲弊が目立つ植田市街地とは好対照の景観を呈しています。
 東田町の渋川沿いには、平成5(1993)年4月、「東田中央公園」が完成しました。公園の総面積は約1万2,000㎡で、運動広場、ふれあい広場などが配置され、中央広場には公園のシンボルとなる、高さ10m、ステンレス製のモニュメント「歌の翼」が設けられました。
 土地区画整理事業の完了に基づいて字名が改称されました。主要地方道いわき上三坂小野線を境に西側には東田町一丁目~二丁目、東側には佐糠町東一丁目~二丁目が区割りされました。
 長い間、機能していた鮫川堰や関場堰は「植田東部土地区画整理事業」の進ちょくで水田が消滅したことにより、その役目を終えました。それでも、現在も常磐共同火力勿来発電所の誘致に尽力した功績を称え、鮫川堰の通水を記念して建設された古川伝一氏の胸像清掃が発電所関係者によって毎年行われています。
(地域学會 小宅幸一) 

その他の写真

国道6号工事・佐糠八反田(昭和29年、磐城国道事務所所蔵)

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出羽神社から見る東田町(昭和30年頃、勿来市)

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鮫川堰で潤う東田町を見下ろす古川伝一氏胸像が出羽神社内に建立(昭和34年10月、長谷川達雄氏撮影)

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地図1 東田周辺〔1.50,000地形図 小名浜(明治41年測図)〕

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地図2 東田周辺〔1.10,000地形図(昭和20年代半ば 『錦町全図』)〕

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地図3 東田町周辺〔1.25,000地形図 磐城泉(昭和55年修正測量)、勿来(昭和46年測量)〕

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地図4 東田町周辺 〔1.25,000地形図 磐城泉(平成18年更新)〕

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