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『鮫川橋』(平成28年10月19日市公式Facebook投稿)

問い合わせ番号:14767-8801-2224 更新日:2016年10月19日

【いわきの『今むがし』 Vol.57】

竣工した鮫川橋を大島側から見る〔昭和14(1939)年7月、磐城国道事務所提供〕

01 竣工した鮫川橋を大島側から見る(昭和14年7月、磐城国道事務所提供) 大正時代末期、自動車が普及し鮫川木橋(第37回に掲載)がたびたび流失することになると、地元からは強固な永久橋の建設が要望されました。その後も、昭和7(1932)年の県議会通常会において鮫川の「橋梁架換ニ関スル建議」が採択されたのをはじめ、たびたび架設の建議が採択されます。
 こうした要望が実り、鮫川橋は国道の舗装整備の一環として、昭和11(1936)年度から総延長400m、幅員750cm、水面上の高さも6mという規模で建設されました。敷設場所は鮫川木橋の上流100m、常磐線との間の地点で、県内では福島市の信夫橋と並び偉容を誇る橋で、いわき地方における幹線道路でみると、昭和12(1937)年に竣工した夏井川に架かる平神橋いわきの『今むがし』 Vol.48〔平成28年6月8日〕に掲載に続く橋のコンクリート化でした。
 竣工式は昭和14(1939)724日に行われ、橋上での渡り初め、植田小学校講堂における植田町・錦村共同の落成祝賀会、さらには小学生による橋上国民体操をはじめ、町内旗行列、夜間の流燈花火大会などの催しで一日中、祝賀色に染まりました。
 
架設に伴い、両岸にあった屈曲部を解消するために、植田町と錦町大島の両側に直線の取り付け道路を開設しました。
 その後、20年間、コンクリート橋としては東北一の長さを誇っていました。
 
大島側の鮫川橋たもとに立つと、昭和36(1961)年11月に建てられた「鮫川晩照(さめがわばんしょう)」の漢詩と、鮫川橋の建設の由来が刻み込まれた石碑が見えます。そこには鮫川木橋の建設を斡旋した当時の福島県議会議員・安島重三郎(あじまじゅうさぶろう)氏、また永久橋の建設に尽力した貴族院議員・金成通氏並びに植田町長・古川傳一(ふるかわでんいち)氏の名が見えます。

これまでの鮫川橋の下流側に建設された新しい鮫川橋 元の橋の親柱が新しい橋のたもとに立っています。〔平成28(2016)9 いわき市撮影〕

02 新しい鮫川橋と旧取り付け道路に設置された旧鮫川橋の親柱(平成26年9月、いわき市撮影)  昭和30年代後半、いわき地方が新産業都市に指定されると、工場進出が進み、自動車の往来はますます激しくなっていきます。加えて鮫川橋の場合、う回路がなかったことから、国道6号の鮫川橋付近の植田や大島では、朝夕を中心に交通渋滞が激しさを増して、橋上を歩行者が通ることさえ危険な状態となりました。
 このため、歩行者専用橋の設置が必要となり、昭和46(1971)3月、橋の上流側に幅員2.5mの歩行者専用橋が完成し、安心して橋を渡ることができるようになりました。
 しかし、増え続ける交通量に対し、抜本的な交通網の整備は必至で、昭和40年代に入ると国道6号のバイパス道路の建設が進められます。
 国道6号と並行して大島集落の東方約1km待望の国道6号常磐バイパスが(勿来町-佐糠町3.6kmが開通したのは、昭和47(1972)12月のことでした。
 その後、建設から半世紀を経て、鮫川橋は架け替えの時期を迎えます。鮫川橋の架け替えが難しかったのは、橋の延長が400mもあり、また両側に家屋が密集していたからでした。
 このため、既設橋をそのまま利用しながら並行して下流側に新橋工事を施工する手法が採られました。家屋移転を伴う道路付け替えも必要とされたことから、橋と取り付け道路を加え、延長は900mにも及ぶ大規模工事となりました。
 事業は平成7(1995)度から着手、翌年度から用地買収、さらに平成14(2002)度から本体工事と、それぞれ進ちょくし、平成17(2005)1月の架橋起工式を経て、平成23(2011)2月に開通しました。
 
架橋に併せて、両側の旧道路取り付け部分の空きスペースには、吉田松陰来歴の碑(幕末、植田に投宿)や植田村役場に設置されていた道標などが移され、植田や大島の成り立ちなどを含めた、9(植田側5枚、大島側4枚)の解説表示板が設置されました。
 
ゆったりした空間に立つ“街角博物館”的な存在。通る人にさりげなく歴史の重みを伝えています。

概要マップ

概要マップ(鮫川橋)

その他の写真

鮫川橋工事・基礎づくりを植田側から見る(1)(昭和10年代、磐城国道事務所提供)

03 鮫川橋工事・基礎づくりを植田側から見る(1)(昭和10年代、磐城国道事務所提供) 

鮫川橋工事・橋脚づくりを植田側から見る(2)(昭和10年代、磐城国道事務所提供)

04 鮫川橋工事・橋脚づくりを植田側から見る(2)(昭和10年代、磐城国道事務所提供)

鮫川橋工事・橋上部づくりを植田側から見る(3)(昭和10年代、磐城国道事務所提供)

05 鮫川橋工事・橋上部づくりを植田側から見る(3)(昭和10年代、磐城国道事務所提供) 

八幡台から見る工事中の鮫川橋(昭和10年代、磐城国道事務所所蔵)

06 八幡台から見る工事中の鮫川橋(昭和10年代、磐城国道事務所所蔵)

鮫川橋施工の強度調査に活かされた洪水(昭和13年6月、渡辺康夫氏所蔵)

07 鮫川橋施工の強度調査に活かされた洪水(昭和13年6月、渡辺康夫氏所蔵)

鮫川橋竣工式(昭和14年7月、磐城国道事務所提供)

08 鮫川橋竣工式(昭和14年7月、磐城国道事務所提供)

鮫川橋竣工渡り初め(昭和14年7月、磐城国道事務所提供)

09 鮫川橋竣工渡り初め(昭和14年7月、磐城国道事務所提供)

竣工した鮫川橋を大島側から見る(昭和14年7月、磐城国道事務所提供)

10 竣工した鮫川橋を大島側から見る(3)(昭和14年7月、磐城国道事務所提供)

鮫川橋竣工式を前に子供たちの体操(昭和14年、磐城国道事務所提供)

11 鮫川橋竣工式を前に子供たちの体操(昭和14年、磐城国道事務所提供)

鮫川橋の交通・車の往来で歩行者が通れないほど(昭和44年10月 いわき市撮影)

12 鮫川橋の交通・車の往来で歩行者が通れないほど(昭和44年10月 いわき市撮影)

鮫川河畔の碑と鮫川橋(昭和50年代、佐藤信夫氏撮影)

13 鮫川河畔の碑と鮫川橋(昭和50年代、佐藤信夫氏撮影)

鮫川橋に歩行者専用橋が設置され、安全に通行(平成7年9月、高萩純一氏撮影)

14 鮫川橋に歩行者専用橋が設置され、安全に通行(平成7年9月、高萩純一氏撮影)

鮫川橋の架け替え(平成22年12月、いわきジャーナル撮影)

15 鮫川橋の架け替え(平成22年12月、いわきジャーナル撮影)

鮫川橋の渡り初め(平成23年2月18日、いわき市撮影)

16 新鮫川橋の渡り初め(平成23年2月18日、いわき市撮影)

植田町道路元標と解説板(平成26年9月、いわき市撮影)

17 植田町道路元標と解説板(平成26年9月、いわき市撮影)

田町本町から見る、新しい鮫川橋取り付け道路と右側に見える旧取り付け道路(平成27年7月、神永瑞治氏撮影)

18 植田町本町から見る、新しい鮫川橋取り付け道路と右側に見える旧取り付け道路(平成27年7月、神永瑞治氏撮影)

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