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『小名浜本町通り』(平成28年3月23日市公式Facebook投稿)

問い合わせ番号:14587-8398-7996 更新日:2016年3月23日

いわきの『今むがし』 Vol.43

小名浜本町通りを走る磐城海岸軌道のガソリン機関車〔大正時代 郵便絵はがき〕

小名浜本町通りを走る磐城海岸軌道のガソリン機関車〔大正時代 郵便絵はがき〕 古文書に見える「小名浜」の地名は、戦国時代、岩城氏が統治した頃までさかのぼることができます。
 江戸時代になると、海運の中継地や漁業地として機能し、東から並ぶ米野(こめの)、中島(なかじま)、中町(なかちょう)、西町(にしちょう)の集落を合わせて「小名浜四ケ村」、「小名浜四町」などと呼ばれるようになり、平城下をしのぐ、いわき地方随一の人口を有する街に成長していきました。幕府は、こうした重要地を延享(えんきょう)4(1747)年に幕府直轄地に組み入れ、小名浜陣屋を設置。小名浜は政治の核としての役割も担うようになりました。
 明治14(1881)年には、4か村が合併して、いわき地方で最初の町制を果たし、小名浜町となりました。

上:混雑を極めた小名浜本町通り〔昭和43(1968)年3月、いわき市撮影〕 下:う回路が整備され、加えて街の空洞化により往来が少なくなった小名浜本町通り〔平成28(2016)年3月、いわき市撮影〕 

上:混雑を極めた小名浜本町通り〔昭和43(1968)年3月、いわき市撮影〕 下:う回路が整備され、加えて街の空洞化により往来が少なくなった小名浜本町通り〔平成28(2016)年3月、いわき市撮影〕 先の四つの集落は連続して連なっており、道路は東の江名、中之作の各湊、西の泉城下に通じる道路として、各村の中央を、串刺しするように通じていましましたから、そのまとまった集落形態に促されて合併したものです。
 明治時代以降も、漁業の発展に支えられて街はにぎわいをみせていきます。
 小名浜は幹線鉄道が通じていた泉と離れていたことから、明治40(1907)年12月には、泉駅と小名浜を結ぶ小名浜馬車軌道が開通します。軌道は小名浜製塩所によって敷設されたもので、工場以外の部分では道路の中央を馬車がけん引していました。当時としては近代的な乗り物だったのです。
 会社は東(あづま)商会、磐城海岸軌道と引き継がれ、大正5(1916)年には小名浜-江名の区間が延長されました。
 大正時代末期に乗合バスが登場すると、これに対抗してスピード化を図るために、外国製のガソリン機関車を走らせました。皆さん、当時車が少ないとはいえ、本町通りを機関車が走ることを想像できますか。
 

 

 

 

小名浜本町通り(明治時代末期、郵便絵はがき、樋口商店)

小名浜本町通り(明治時代末期、郵便絵はがき、樋口商店) 本町通りを走っていた磐城海岸軌道は、同貨物部門で小名浜港築港の貨物輸送で一時持ち直しますが、貨客部門では次第に乗合バスの利便性に押され苦境に立っていきます。また、小名浜-江名は土砂崩れの補強などの施設維持が十分でなく、また鮮魚輸送は貨物自動車に奪われ、昭和5(1931)年から運行休止となってしまいます。
 銀行からの融資も途絶えようとしていた磐城海岸軌道に大きな転機がやってきます。昭和11(1936)年に日本水素工業(株)の小名浜進出が決まったのです。また、小名浜本町通りの舗装化が進められ、これを機に小名浜町民から軌道の移転が要求されました。小名浜本町通りは年々自動車の往来が多くなり、邪魔な存在となっていたのです。

 

小名浜本町通り(大正時代末期、郵便絵はがき、京屋商店) 


小名浜本町通り(大正時代末期、郵便絵はがき、京屋商店) 日本水素工業(株)は原材料・製品輸送に鉄道を必要としていたことから、経営不振の磐城海岸鉄道を購入する計画を進める一方で、本格的な鉄道駅を要望していた小名浜町民の願いを受け入れ、別の鉄道専用敷地を確保して、一般の貨客輸送を行うことで、課題解決を図ろうとしました。
 こうして、日本水素工業(株)は昭和12(1937)年7月に発足し、小名浜工場を建設しました。磐城海岸軌道を引き継いだ同社鉄道部は独立。小名浜臨港鉄道として発足し、昭和16(1941)年11月に泉-小名浜を開通させました。
 一方、本町通りの舗装は昭和14(1939)年8月に着工、翌年3月に完成しました。

 

小名浜市街小名川橋付近(大正時代、郵便絵はがき「磐城小名浜名所」、樋口商店)

小名浜市街小名川橋付近(大正時代、郵便絵はがき「磐城小名浜名所」、樋口商店) 昭和20(1945)年8月に戦争が終わり、経済復興や漁業の発展、小名浜臨海工業地帯の発展とともに、東から西へ約1.8kmにわたって延びる古湊、中島、銀座、西町、中央、西銀座の各商店会は活況を呈していきます。
 しかし、昭和40年代以降、背後地に広い駐車場を備えた大型店が相次いで進出。さらに本町通りのう回路が整備されるようになると、本町通りの商店街は苦境に立たされていくようになります。
 それでも、小名浜の核として、通りを舞台としたイベントには大勢の人々が集います。街は“冬の時代”を迎えながら、震災復興などの新しい機運を捉えようとしています。
 

 

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