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『常磐湯本町』(平成26年8月20日市公式Facebook投稿)

問い合わせ番号:14551-8415-0040 更新日:2014年8月20日

【いわきの『今むがし』 Vol.4】

【湯本市街〔大正時代 郵便絵はがき 佐々木商店発行〕】

大正時代の湯本市街

 湯本町吹谷の八坂神社、あるいは御幸山公園に通じる坂の階段から撮った写真です。
 湯本町の中心部が一望に見渡すことができます。
 温泉街の中心は写真左手から枠外に広がっており、奥に向かって連なる家並みは江戸時代には宿場町として栄えていた場所です。
 写真手前左から中央手前に向かって鉄路が見えます。これは磐城炭鉱株式会社小野田炭鉱と小名浜港を結んでいた磐城炭鉱軌道です。明治20年(1887年)に敷設されたもので、石炭は馬車軌道によって小名浜港に運ばれ、積み替えられて海上輸送で東京をめざしていました。
 明治30年(1897年)2月、日本鉄道磐城線(現JR常磐線)が開通したことにより、その役目を終えましたが、以来、小野田炭鉱‐湯本駅前は炭鉱の従業員や、資材を運ぶ鉄道として、湯本駅前‐小名浜港は貨客を扱う一般鉄道として海水浴客の輸送や小名浜港築港のための資材運搬などに利用されました。
 鉄路上に見えるのは客車のようにも見えます。この場所は小野田炭鉱と湯本駅前の間。従業員を運んだものでしょうか。
 写真右隅の煙突は、明治39年(1906)に湯本駅前に進出した品川白煉瓦湯本工場のものです。かつて建築用の赤煉瓦に対して、耐火煉瓦を白煉瓦と呼んだことから、耐火煉瓦を製造するにふさわしく、会社名としてその名を付しました。
 煙突の奥には、湯本第一尋常小学校が見えます。かつて湯本川はこの学校を巻くように流れていましたが、常磐線の開通を前に直線化されました。
 その奥には、左手に延びる常磐線、さらにその向こう、かすかに開発の途に付いたばかりの入山採炭株式会社の施設群がぼんやり見えます。

【湯本市街〔昭和30年代 長谷川達雄氏撮影〕】

昭和30年代の湯本市街

 最初の写真から30年以上を経た湯本市街です。基本的に大きな変化はありませんが、写真手前に見えていた磐城炭鉱株式会社の専用軌道は昭和10年代半ばに廃止されました。湯本駅前と小名浜を結んでいた一般貨客を扱う磐城炭鉱軌道も昭和19年(1944年)に廃止されました。いずれも、戦争を維持するため、熱エネルギーとして使用する石炭増産につなげる目的で、鉄路は炭鉱の坑内で使用するため引きはがされたのです。
 写真に見えていた湯本第一尋常高等小学校は昭和時代初期に、現在の湯本第一小学校の地へ移転しました。
 昭和20年代半ばになると、駅前の都市改造が持ち上がりました。昭和29年(1954年)3月に湯本町は磐崎村と合併して市制施行を果たし、新たな常磐市の玄関口として駅前の都市改造に乗り出し、天王崎通り(現主要地方道常磐‐勿来線)を拡幅するため、品川白煉瓦株式会社湯本工場の一部移転が課題となりました。昭和29年秋には都市計画法に基づく「湯本駅前土地区画整理事業」に取り掛かり、その移転先としてかつて湯本第一尋常小学校があった通称・黄金町の市有地を移転候補として工場側と折衝、昭和32年(1957)に交渉はまとまり全体事業に着手しましたが、駅前の家屋を含めて移転には期間を要し、全体計画が完成したのは昭和36年(1961年)12月のことでした。
 しかし、駅前整備が完了した後、今度は湯本駅と温泉地を有機的に結ぶため、工場そのものの移転問題がクローズアップしていきました。
 写真右奥には常磐炭鉱株式会社(昭和19年に磐城炭鉱株式会社と入山採炭株式会社が合併)の主力鉱である磐城鉱業所が少しだけ見えます。
 遠くに目を転じると、写真中央やや右寄りに、周辺の山並みとは異なった形の山が見えます。いわき地方独特の景観の一つ、ずり山です。採炭する際に排出した土砂を積み重ねたもので、その高さは制限こそあるものの、炭鉱隆盛のバロメーターでした。

【湯本市街〔平成26年(2014年)8月、いわき市撮影〕】

現在の湯本市街

 品川白煉瓦株式会社湯本工場が昭和44年(1969年)に常磐岩ケ岡町に移転した後は、整地され、道路区画されました。それから半世紀近く。その中央の道路は「一番町通り」と名づけられ、銀行や商店などの商業施設が立ち並び、家並みが密集するようになりました。
 また、写真の中に見えていた常磐炭田の中核、常磐炭鉱磐城鉱業所が昭和46年(1971年)に閉山。引き継いだ同炭鉱西部鉱業所も昭和51年(1976 年)に閉山して、いわき市からすべての炭鉱が姿を消しました。遠くに見えていたずり山にも草木が茂り、すっかり丸くなって他の山並みに同化して見えます。
 湯本の街を長い間支えてきた、煉瓦と炭鉱。その二つが消えて長い歳月が過ぎました。
 この間、湯本町は温泉を唯一として歩んできましたが、既成市街地の空洞化、東日本大震災による風評被害と、重なる苦境に立たされました。しかし、彫刻のあるまちづくり、童謡館の開館、現在改築中の湯本駅舎と、次の時代への橋渡しはさまざまなところで展開され、長年培ってきたまちづくりへの情熱は連綿と続いています。

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