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『内郷白水町』(平成27年9月2日市公式Facebook投稿)

問い合わせ番号:14551-8375-6728 更新日:2015年9月2日

いわきの『今むがし』 Vol.30

矢乃倉炭礦の石炭積込場から見る専用鉄道と新川(旧白水川)、炭鉱住宅 入山採炭第三坑が撤退した後、いくつかの炭鉱に引き継がれ、昭和30年代には矢乃倉炭礦が稼働していました。〔昭和36(1961)年頃 根本忠氏提供〕

昭和36年頃の内郷白水町

 川端康成作の小説『雪国』に、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という有名な冒頭の描写がありますが、内郷駅から西方、常磐炭礦の専用鉄道高倉線不動山トンネルを過ぎると、風景がガラッと変わる、という状況を見ることのできた時代がありました。
 この鉄道は、綴(現内郷)駅から入山採炭(常磐炭礦の前身)第一坑が所在した高倉まで通じていた、延長4.02キロメートルの石炭運搬用専用鉄道でした。
 内郷綴町の一の坪交差点から分岐して、常磐線を越え、白水阿弥陀堂に向かう市道白水-高野線は、常磐製作所前から高倉までの大半が道路の南側に専用鉄道が並行していたのです。
 

矢乃倉炭礦石炭積込場全景、常磐炭礦専用鉄道高倉線を西側から見る(昭和36年頃、菊池康雄氏提供)

昭和36年頃の内郷白水町

 不動山トンネル前後の区間だけは鉄道専用敷で、それまで鉄道と並行していた道路はトンネルの東側で白水阿弥陀堂に向かうように北進して、新川(旧白水川)に沿って山を迂回して、トンネルの西側に出ていたのです。ですから、冒頭のたとえは、専用鉄道の蒸気機関車、あるいは貨車からしか見えない光景だったでしょう。
 トンネルを出てすぐに道路と交差し、次いで新川を橋梁で渡り、中継地である「三坑停留所」の石炭積込場に着きます。入山採炭は明治28年(1895年)に第一(高倉)坑を開発したのを皮切りに、明治37年(1904年)にはこの地に同第三坑を開発したため、停留所の名称として付けられたものです。
 

石炭積込場跡付近から見た専用鉄道跡の市道 写真には、みろく沢炭鉱資料館への案内看板が見えます。昔の写真に見えていた新川に架かる入山橋は、今も確認することができます。〔平成27年(2015)8月、いわき市撮影〕

現在の内郷白水町

 写真に見える専用鉄道は、明治30年(1897年)11月に開通。この年の2月には日本鉄道磐城線(現常磐線)が開通しており、この年以降、輸送量力は飛躍的に向上しました。
 昭和30年代まで、周辺には多くの中小・零細炭鉱がひしめき合っており、これらの炭鉱は自らのトロッコ線などを使って積込場まで運び、さらに鉄道を持つ常磐炭礦に鉄道使用料を支払って、輸送路を確保していました。
 また、常磐炭礦も蒸気機関車や貨車を持たず、専用鉄道の輸送管理を国鉄(現JR)に委託していました。
 

市道内郷-高野線と炭鉱積込場跡(平成27年8月、いわき市撮影)

現在の内郷白水町 昭和38年(1963年)に白水地区から炭鉱が姿を消すと、専用鉄道は昭和38年11月に廃止となり、同年12月に撤去届が運輸省(現国土交通省)に提出され、長い間続いた鉄道は役割を終えました。
 鉄道敷地跡は道路転用に適していたことから、そのまま市道として活用されます。高倉線の場合、不動山トンネルを除いて道路と並行していましたから、拡幅部分として当てられます。鉄道専用の不動山トンネルも改良され道路トンネルに転用、橋梁も弥勒橋となりました。
 

 

入山採炭栃窪・三坑方面を見る(明治時末期、郵便絵はがき)

明治末期頃の内郷白水町 石炭積込場のあったあたりは擁壁が施されて面影はありませんが、その一角、西側には「石炭発見者・片寄平蔵の顕彰碑」が見えます。片寄平蔵は江戸時代末期、ここから山に入った弥勒沢と呼ばれる場所において、いわき地方で最初に地面に露頭している石炭を発見したとされています。
 碑は昭和30年(1955年)に白水阿弥陀堂の境内に建立されましたが、阿弥陀堂境域の復元工事のため、現在地に移転されました。ここから弥勒沢への山道をたどると、平蔵とともに石炭採掘を事業に発展させた加納作平の碑(明治33年に建立。昭和17年に移設、さらに平成4年に現在地へ移設)が立っています。その奥には私設の「みろく沢炭鉱資料館」が立っており、一帯は常磐炭田の開発初期の様子をしのぶ恰好の場所となっています。現在は道路が整備されて、これらの場所を巡ることができます。

常磐炭礦従業員の通勤用として使われた綴坑-川平のガソリンカーを矢乃倉炭礦石炭積込場から見る(昭和20年代後期、宮崎武夫氏撮影)

昭和20年代後期の内郷白水町 平成13年(2001年)には、これら歴史遺産を多くの人に知ってもらおうと、「内郷ふるさと振興協議会」が遊歩道「みろく沢炭(すみ)の道」(一周約2.5キロメートル)を整備しました。片寄平蔵顕彰碑や加納作平の碑、みろく沢炭鉱資料館、白水阿弥陀堂を結ぶルートは、歴史をたどる道として観光客や市民などに親しまれており、申し込めば地元のガイド「炭鉱(ヤマ)の案内人」が史跡や遺跡などを解説してくれます。

 

 

 

その他の写真

矢乃倉炭礦の石炭積込み場から見下ろす(昭和36年頃、根本忠氏所蔵)

昭和36年頃の内郷白水町

矢ノ倉炭礦石炭積込場でトロッコを押す鉱員(昭和36年、根本忠氏提供)

昭和36年頃の内郷白水町

矢乃倉炭礦石炭積込場と常磐炭礦専用鉄道高倉線を西側から見る(昭和36年、根本忠氏提供)

昭和36年頃の内郷白水町

常磐炭礦専用鉄道高倉線の軌条撤去・矢乃倉炭礦積込場付近を西側から見る(昭和36年12月頃、矢乃倉炭礦提供)

昭和36年12月頃の内郷白水町

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