メニューにジャンプ コンテンツにジャンプ

『内郷ヘルスセンター』(平成27年12月2日市公式Facebook投稿)

問い合わせ番号:14551-8362-6378 更新日:2015年12月2日

いわきの『今むがし』 Vol.36

街路灯を設置したヘルスセンター前の通り〔昭和36年(1961)  長谷川達雄氏撮影〕

昭和36年頃の内郷ヘルスセンター

 昭和30年代から40年代にかけて、ヘルスセンターと言えば「船橋」(千葉県)、という代名詞が全国で通用した時代がありました。
 娯楽と温泉浴を兼ね、大浴場、ホテル、プールなどを備えた大型娯楽施設は、子どもからお年寄りまで、誰でもが気軽に利用できることが特長で、以後「船橋に続け」とばかり全国に100を超えるヘルスセンターが登場しました。湯本や植田にもヘルスセンターの名による大衆浴場が誕生しました。
 

 

 

   現在は市立磐城共立高等看護学院横の通り 〔平成27年(2015年)11月  いわき市撮影〕

現在の内郷ヘルスセンター跡地付近

 さて、今回取り上げる内郷ヘルスセンターの開業の場合は、少し事情が異なっていました。
 前回説明したように、常磐炭礦株式会社が採炭の際に噴出する大量の坑内湯を、内郷市を流れる新川に廃棄することを始めたことから、内郷市がこれを活用することを計画したのですが、捨てる常磐炭礦株式会社側と活用したい内郷市側の確執が生じました。
 当初常磐炭礦株式会社は温泉水の分湯を常磐市に限っていたことから、分湯には難色を示したのです。
 協議を重ねた結果、内郷市が会社が捨てたものの一部だけを拾うという形式で引湯して、昭和33年(1958年)7月、内郷御厩町に内郷市営となる内郷ヘルスセンターが開業しました。 
 

内郷ヘルスセンター(昭和30年代、長谷川達雄氏撮影)

昭和30年代の内郷ヘルスセンター 内郷ヘルスセンターの誕生は、当時の内郷市の危機感抜きには考えられませんでした。
 税収の多くを占めた、頼みの炭鉱は相次いで閉山、市は営業的発想を持たないと行財政を運営できなかったのです。当時、内郷市が直営で行っていた牛乳処理事業は、全国でも珍しい存在でした。
   さて、同センターにはメイン施設として、舞台、ラウドスピーカー、テレビを備えた99畳敷きの大広間と7つの休憩室を備えた大浴場を備えたほか、温水を利用した園芸農場が併設されました。
 当初1日に200人を見込んでいましたが、団体客や家族連れが連日殺到し、週末には1,000人を超す客であふれ、昭和34年(1959年)には増築するほどで、観光施設として脚光を浴びました。
 さらに、植物園や釣堀りなどの付帯施設を増強させるとともに、昭和36年(1961年)8月には周辺に街路広告塔を取り付けました。昭和37年(1962年)11月には宿泊施設を完備。同年12月からは平(現いわき)駅との間に直行バスが運行を開始し、最盛期を迎えました。 昭和30年から始まった経済成長は「高度」という冠にふさわしく、著しく伸びました。レジャーの質も大きく変容して、本格的な温泉、行楽地へ、さらに国内でも遠方へ、さらには外国へその舞台を移していきます。
 
 

内郷ヘルスセンター内(昭和30年代、長谷川達雄氏撮影)

昭和30年代の内郷ヘルスセンター中 いわき地方においても、昭和41年(1966年)1月、常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)がオープンし、内郷ヘルスセンターの存在に陰りが出てきます。 
 追い打ちをかけるように常磐炭礦東部礦の閉鎖によって坑内湯がストップし、昭和46年(1971年)4月から沸かし湯に変更せざるを得なくなります。同年4月の利用者数は前年同月の6,000人に比べ、3,600人へ減少するほどでした。



 
 

内郷ヘルスセンター全景(昭和30年代、長谷川達雄氏撮影)

昭和30年代の内郷ヘルスセンター前掲 船橋ヘルスセンターも昭和40年代に入ると、主要な客層は都市部ではなく、関東地方農村部の農協、商店会、町内会などへ変わっていきましたが、彼らも生活が向上するにつれて、離れていくことになります。
 高度経済成長期が終りを迎えてまもなくの昭和52 年(1977年)5月、船橋ヘルスセンターは閉鎖しました。
 後を追うように、内郷ヘルスセンターも昭和56年(1981年)3月末にひっそり幕を閉じました。閉鎖間際には、1日30人ほどのお年寄りが利用する程度で、しかもその大半が常連客でした。
 
 

内郷ヘルスセンター(昭和56年3月、いわき市撮影)

昭和56年3月の内郷ヘルスセンター ヘルスセンターのような娯楽性を持った大規模入浴施設は、健康志向を背景に、公衆浴場に健康を主体としてさまざまな機能を備えた施設へ、たとえばいわゆる「健康ランド」として姿を変えていくことになります。
 ヘルスセンターは、時代に先駆けて誕生し、時代に追い抜かれて、消滅した存在でしたが、もっと広いスタンスで考えたとき、進化して、健康ランドやテーマパークを生み出す原点ともいうべき存在だったと言えるでしょう。
 今、内郷ヘルスセンターの跡地には、昭和59年(1984年)4月に移転改築した市立磐城共立高等看護学院が建っています。
 

その他の写真

 市立磐城共立高等看護学院の移転改築現場(昭和58年7月、いわき市撮影)

昭和58年7月の風景

市立磐城共立高等看護学院(昭和60年、いわき市撮影)

昭和60年の風景

お問い合わせ

総合政策部 ふるさと発信課
電話番号:0246-22-7402
ファクス番号:0246-22-7469