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11月5日は「津波防災の日」です

更新日:2020年11月5日

  この日は、1854年の安政南海地震による津波が和歌山県を襲った際の、「稲むらの火」の逸話にちなんでいます。東日本大震災では多くの方が津波の犠牲になりました。太平洋に面した約60kmにわたる海岸線を有するいわき市では、地震による津波の危険性が常に存在します。

  沿岸部にお住いの方はもとより、内陸部にお住いの方も仕事や旅先で被災する可能性や、津波が川を逆流し、海から離れた場所でも被害が発生する場合もありますので、市民の皆さまにおかれましては、「自らの命は自らが守る」という意識のもと、いつ発生するか分からない「地震・津波災害」に備えましょう。

津波防災の日とは

 平成23年6月に、津波対策を総合的かつ効果的に推進することを目的とした「津波対策の推進に関する法律」が制定されました。この法律では、津波対策に関する観測体制強化、調査研究推進、被害予測、連携協力体制整備、防災対策実施などが規定されています。そして、国民の間に広く津波対策についての理解と関心を深めるために、11月5日を「津波防災の日」とすることが定められました。 

  11月5日は、今から160年前の安政元年11月5日(太陽暦では、1854年12月24日)に発生した安政南海地震で、紀州藩広村(現在の和歌山県広川町)を津波が襲った時、濱口梧陵(儀兵衛)が稲むら(取り入れの終わった稲わらを屋外に積み重ねたもの)に火をつけて、村人を安全な場所に誘導したという実話にちなみます。この実話をもとにして作られた物語が「稲むらの火」です。

 

 「稲むらの火」について

  安政元年11月5日に紀州藩広村は「安政南海地震」とそれに伴う津波に見舞われました。

  このとき村の郷士である浜口梧陵(当時35歳)が、逃げ遅れた村人が逃げる方向を見失わないように、道筋の水田の稲むら(稲束等を積み重ねたもの。)に火をつけ、村人を高台に導きました。

  また、被災者用家屋の建設や農機具等の配給を行い被災者の救済に尽力するとともに、私財を投じて堤防を築きました。
  こうした史実に基づき、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が、明治29年の三陸沿岸の津波災害の惨状と、伝聞による浜口梧陵の偉業を参考に短編小説を書きました。

  その後、地元出身の小学校教員の中井常蔵により小学生向けに「稲むらの火」として書き改められ、昭和12年から10年間、小学校5年生のテキストに掲載されました。

  「稲むらの火」は、海の水が沖合に引いていく(*)のを見て津波がくることを予測した庄屋が、何も気づかない村人に知らせるために、稲むらに火をつけ、安全な場所に避難させたという、災害発生時には迅速に判断して行動することの重要性を唱えた話です。

* …津波の前に、引き潮が必ずあるとは限りません。地震の起こり方や、震源付近の地形によっては、引き潮が起こらないこともあります。

  関連リンク

  防災情報サイト

  市公式YouTubeによる「いわき市防災講座」

  気象庁ホームページ「稲むらの火」(外部サイトへリンク) 

   内閣府ホームページ『「稲むらの火」と津波対策』(外部サイトへリンク)(内閣府みんなで防災のページ)

お問い合わせ

危機管理部 災害対策課
電話番号:0246-22-1242
ファクス番号:0246-22-7461

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